収量は3倍、4倍に増やした“収穫カレンダー”
品質を安定させるため、則竹たちは農家ごとに「つくり方」を言語化するところから始めた。まず農家に、いつ収穫したいのかを問う。そこから逆算し、農家ごとに「収穫カレンダー」を作成した。種もみの浸水から苗づくり、肥料や薬剤の種類とタイミングまで数枚にまとめ、一軒一軒に手渡した。
日本ではJAが担う役割だが、タイにはその仕組みがない。多くの企業が「種を渡して終わり」とする中で、彼らは工程管理にまで踏み込んだ。収穫後は農家ごとにサンプルを回収し、粒の大きさや水分量など27項目を数値化。次作へとフィードバックした。
試行錯誤を重ねるうちに、この設計は目に見える成果を生み始める。収量は、3倍、4倍に跳ね上がった。「面倒だ」と渋っていた農家たちが、今度はこう聞いてくる。
「次は、どうすればいい?」
「日本の味」を再現する
品質は川上からつくる。則竹は品種そのものにも踏み込んだ。
2024年、タイでコシヒカリが品種登録された。種子センターから提供された種を起点に増殖と改良を重ね、半年余りで商品化にこぎつけた。在留日本人を中心に、「これを待っていた」という声が上がった。
次に応えたのは、使う側の声だった。「洗米が手間だ」「ミネラルウォーターで洗うのはもったいない」。同年、厨房や家庭の現実を踏まえ、無洗米を商品化した。
続いて「炊飯ラボ」を立ち上げる。米の価値は、炊き上がる瞬間まで含まれると考えたからだ。タイの水質や調理環境でも、日本の味を再現できるよう検証を重ねた。売って終わらせない。その姿勢が、次第に信頼を生んでいく。
「お米のことは、まずノリタケファームに相談しよう」
こうした口コミは、自然と広がっていった。2025年2月。則竹は社名を「のりたけファーム」に改めた。精米業の枠を越え、川上から米づくりを担う立場へ。農業生産法人としての覚悟を示すためだった。



