高級日本食への関心の高まりを追い風に、則竹の米も次第に存在感を増していった。「日本人の栽培指導が入ったタイ産日本米」として認知が広がり、契約店舗は約1500店へ。セブン‐イレブンやファミリーマートといったコンビニエンスストアをはじめ、大手外食チェーンの厨房でも次々と使われるようになった。

2016年には、一般向けブランド「Noritake Rice」を発売。スーパーの棚に並び、家庭の食卓へも広がっていく。2017年。タイの日本米市場におけるシェアは約5割に達し、首位に立った。

「やっとここまで来た」

そう思った、矢先だった。

タイのコンビニや大手チェーンで扱われる「のりたけ米」
写真提供=則竹さん
タイのコンビニや大手チェーンで扱われる「のりたけ米」

顧客の7割が消えた

2018年のある日のこと。則竹は一本の売り込みを受けた。

「この米、安いですよ」

示された価格に、言葉を失う。原価は3割も安い。ベトナム産だった。その米が市場に回ると注文は急減。競合も次々と同じ米を扱い始め、気づけば、顧客の7割が離れていた。追い討ちをかけるように、2020年にはコロナ禍が直撃。外食産業は止まり、耐え忍ぶだけの日々が続いた。

「俺たちの存在価値は、この程度だったのか……」

倒産。その二文字が、夜ごと頭をよぎる。眠れない日々が続くなか、ある日、右耳に水が詰まったような違和感を覚えた。ストレスによる突発性難聴だった。「このままでは一生聞こえなくなる」と告げられ、即入院。病室のベッドで天井を見つめながら、則竹は自問し続けた。ここまでして、自分は何を成し遂げたいのか――。

「もっと“川上”へ行くしかない」

2023年2月、タイ在住25年の友人、安藤理智が事業に加わった。則竹は初めて、経営の悩みを率直に打ち明けられるパートナーを得る。

左は、則竹氏の右腕として事業を支える安藤理智さん。彼を「夢見るジャイアン」と評し、「責任を背負って進む人」だと語る
写真提供=則竹さん
左は、則竹氏の右腕として事業を支える安藤理智さん。彼を「夢見るジャイアン」と評し、「責任を背負って進む人」だと語る

同時に、精米業という立ち位置そのものに、限界が見え始めていた。委託農家ごとに生産量や品質にばらつきがあっても、栽培には踏み込めない。その歪みは、クレームや品質不安となって顧客側に表れていた。

2023年12月。答えが、ようやく固まる。

「品質で勝負するなら、もっと“川上”へ行くしかない」

自社で土地を借り、米づくりそのものに踏み込む。栽培から精米、袋詰めまでをチェンライに集約する。それは、精米業にとどまっていれば背負わずに済んだ天候不順や品質不良までも、自分たちの責任として引き受けるということを意味していた。

ある夜、安藤と向き合い、則竹は静かに言った。

「もしこれが実現できたら、何千人、下手をすると1万人以上の農家の家庭を支えられるかもしれない」

安藤は、黙って頷いた。