「要介護5」と認定された妻は失語症に

入院した妻は、要介護の再認定調査を受け、一気に「要介護5」と認定された。

約3カ月で退院するが、長男や三男家族が企画してくれた旅行後に不穏が再燃し、退院から1週間後に再入院。そこから約4カ月後に退院するが、7カ月後に再々入院した。

そして2026年。64歳になった妻は、通院と訪問看護を受けながら、穏やかな生活を取り戻している。妻は3回目の退院後も、4度目を考えるほどの不穏が続いたが、木梨さんはもう、入院という解決策を選ばなかった。

「入院に戻らず、暮らしの中でいかに立て直せるか。その問いに真正面から向き合ってくれたのが、今のデイサービスでした。デイでも自宅でも不穏の波は来ましたが、そのデイの連絡帳は、“次に何をしたらいいか”の手がかりで埋め尽くされ、『安全で幸せな生活のお手伝いができればと考えています』と添えられていました。ありがたかったです。最初に通っていたデイだったら、とっくに断られていました」

2021年10月からは、3カ所目のデイサービスに通い始めていた。

「このデイは、3回目の入院が決まった後も、欠員状態のまま妻が戻るのを待っていてくれました。介護者はときどき、孤独の底へ落ちることがあります。自分だけが必死で、世界が遠い気がする夜があるのです。でも、このデイの連絡帳の文字量は、『あなた一人じゃない』と寄り添ってくれていました」

コロナ禍の入院中に妻は、失語症になっていた。言語による自己表現ができなくなったほか、認知症の進行により、自立歩行はゆっくりになっていた。

60歳から取締役になった木梨さんは、木曜日はテレワークだが、それ以外の平日は出勤。妻は、木曜日だけはデイサービスが休みだが、訪問看護師と歯科衛生士の来訪があり、火・金・土曜日はデイサービスと同じ施設で1泊している。

「2024年8月頃に私がヘルニアになり、立っているだけでも激痛があった時期の介助はつらかったですが、介護について、身体的なつらさはそれほど多くありません。一番きついのは精神的なことです。老後になって、ようやく2人で気兼ねなく楽しむ時間ができると思った矢先に、それが叶わなくなりました。障害のある次男のために自分の人生を後回しにしてきた妻だからこそ、『もっと幸せな老後が待っていてほしかった』と思ってしまうことがあります。また、『私を置いて先に逝かないでね』という妻との約束。それを守り抜こうと考えると、気持ちが塞ぐこともあります。結局のところ、介護をする上で一番つらいのは、『何を幸せとするか』を自分なりに見つけ続けなければならないことかもしれません」

妻の不穏が激しくなった時、木梨さんは声を荒らげてしまったこともあった。

「私自身が認知症について、浅い知識しか持っていなかった時期でした。妻を以前と同じ感覚で見てしまっていたのだと思います。私にもっときちんとした知識があって、認知症の方の“考えの成り立ち”を理解できていたなら、もう少し穏やかにできたのかもしれません」

そんな苦悩を和らげる一番の方法は、「休むこと」だった。

「正直なところ、以前は自分だけ休むと、『妻は今頃どうしているだろう』と気になったり、『妻に申し訳ないから、自分だけ温泉に行くのはやめよう』と気持ちを抑えたりしました。でも最近は、そこまで抑え込む必要はないと感じています。少し距離を置くと、妻のことが気になって、また自然に戻りたくなる。そして戻ったときには、前より少し新しい気持ちで向き合える。いわば“介護のリセット”のような感覚です。休みなく走り続けることはできません。自分を解放する時間を持つことが、つらさを楽にする一番の方法だと思います」