暗い病室の窓には鉄格子
「見ての通り古い病院ですから、病室も暗く、窓には鉄格子が入っています。易怒性が激しく、手に負えない場合はベッドに手足を固定させていただくことがあり、部屋から出られないよう施錠することもあります」
たまらず木梨さんは言った。
「ちょっと待ってください! この病院に入院は、どうしてもできない。今すぐという、心の準備もできない……」
木梨さんの頭の中には、妻がひとり、うす暗い病室でベッドに手足を固定された姿が浮かんでいた。
「俺には、母さんをここに入れることはできん」
隣にいる息子に聞こえるように呟く。
「父さんの気持ち、わかるよ」
三男もうなずいた。
その様子を察した看護師は、
「大丈夫ですよ。明日、もう一度どうされるか電話しますね。ひとりで抱え込んでは絶対にいけませんよ」
と優しく受け止めてくれた。
帰宅した木梨さんは、頭を抱えた。
入院を避けたものの、在宅介護の限界が迫っていることはわかっていた。看護師や医師たちの判断が正しいことは理解できるが、決断できずにいた。そこで、妻が通っている小規模多機能通所施設のケアマネジャーに、昨日の報告もかねて相談する。
「入院がよかったと言われるご家庭もあれば、そうではなかったと答えるご家庭もあるので、何とも言えませんが、合う合わないは大きな問題ですよね」
とマネジャーは言い、「M病院は評判が良いですよ」と教えてくれた。
すぐに調べてみると、鉄格子のあるあの古い病院とは印象がまるで違う。清潔感があり、ホテルのようだった。
看護師に連絡し、M病院への入院の調整に入る。
それでも木梨さんの心は揺れ続けた。
そこで木梨さんは、「悪いけれど、母さんの診察に立ち会ってくれんか。俺1人では冷静に判断できなくなった。助けてくれ」と、今度は関東に住む長男に連絡。長男は急遽仕事を休み、新幹線で駆けつけてくれた。
そして木梨さんと長男が見守る中、妻のコロナ検査が始まる。結果を待つ間、妻は控え室のドアをこじ開けようとしたり、叫んだりする。それを木梨さんと長男でなだめた。
「嫌です! 私、嫌です!」
そのまま入院が決まり、叫びながら去っていく妻の後ろ姿を目にした時、木梨さんの目から涙がこぼれ落ちた。
一連の手続きを終えると、長男は自宅に帰っていった。
家には木梨さんだけが残された。

