仕事と介護の両立という戦い

「若年性認知症の方の介護は、実はご家族の負担が大きいんです」

包括支援センターでの相談の中で、木梨さんはこんな言葉を聞き驚いていた。

「高齢者のほうが大変だろうと思っていました。若年性のほうが大変である理由は、定年を迎えて時間に余裕のある世代と違い、働き盛りの世代はずっと収入を維持しなければならず、生活と介護の両立が非常に厳しいからだそうです。確かに私自身、介護離職という選択肢は現実的に不可能です」

木梨さん自身、会社とどう向き合うかが大きな課題になっていた。勤めている会社の社長に現状をありのままに話すと、社長は言った。

「家庭を優先してもらえればいい。勤務時間は融通する。介護で不在の時があれば、関係社員でなんとかする」

給与条件も変わらず維持してくれるとのこと。木梨さんは深く感謝し、仕事と介護の両立を本気で目指す決意を固めた。

2020年秋。会社から帰宅途中の木梨さんに、次男から電話がかかってきた。

家に警察が来ているため、電話を代わると言う。

「近所の○○交番の警察官ですが、今、奥様をご自宅までお連れしました」

自転車を降りたおまわりさん
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです

どうやら、妻が次男に何も言わずに外に出て、帰り道がわからなくなったため交番に駆け込んだらしい。

木梨さんは平謝りし、警官は「認知症であれば、しっかり監督してくださいね」と言って去った。

聞くと妻は、

「お父さんが早く帰ってきてくれないかと思って見に行ったの。帰り道が分からなくなって交番が見えたから、道を聞いたの」

と言った。

「次男は今までも、私に心配をかけまいと、一人で必死に妻をなだめ、外に出ようとするのを止めていたのでした。『お父さんに早く会いたくて外に出てしまった』という妻も、体にハンディを抱えながらも母を気遣う次男も、とても愛おしく思いました」

若年性認知症は攻撃性が強く出やすい

ところが、妻はこの頃から日に日に怒りっぽくなっていった。木梨さんが次男の入浴介助をいつも通りやっていても、「ちゃんとやってよ!」と怒り出すのだ。

「その時は、次男の介助に対して怒られているのかと思っていましたが、今思うと、『お願いだから、壊れそうな私をちゃんと見てて。助けて!』という妻自身に対しての不安や恐怖から生まれた心の叫びだったのだと思います」

妻はこの後、徘徊も頻出し始める。

若年性認知症は、脳の前頭葉の萎縮が高齢者の認知症より早く進行する傾向があるほか、若さのために、「病気を隠そうとする無理」「自分の異変に対する焦り」「プライドとの葛藤」などが苛立ちや怒りとして現れやすく、高齢者よりも攻撃性が強く出やすい傾向があると言われている。

徘徊に関しても、高齢者の認知症と比較しても、身体的な行動力がまだ十分にあるため、目的を持って出かけて行方不明になったり、遠方まで移動してしまったりするケースが少なくない。

木梨さんは、小規模多機能型居宅介護を利用し始め、夕飯の準備に関しては楽になった。だが、もともと妻と分担していた次男の介助を、1人ですることになる。

一方次男は、木梨さんが仕事で不在の間、在宅で働きながら妻の監視をしなければならず、負担が重くなっていた。

そこで木梨さんは、包括支援センターに相談。妻には小規模多機能型居宅介護のデイサービスに通ってもらうことが最適ではないかと提案される。

しかし、妻がデイサービスに行けば次男が1人になり、もしものことがあっても助けられない。

するとやはり包括支援センターの看護師から「身体障害支援サービスを受けたらどうか」と提案があり、地元のケアセンターを紹介してもらった。

それからというもの、木梨さんは朝、妻をデイサービスに送り届け、帰りに迎えに行く。夕方にはケアセンターの職員が洗濯物の取り込みや次男の入浴介助をしてくれており、帰宅した木梨さんはすぐに夕飯の支度に取り掛かることができた。

「これならなんとかやっていけそうだ」そう思ったのも束の間、次の試練が襲いかかるのだった。