彼の人生最後の日々の会話や瞬間を、何度も頭の中で再生した。振り返ってみれば、その1週間、私は妙な不安を感じていた。当時はそれを、産休明けの仕事復帰に対する緊張のせいだと思い込んでいた。だが今となっては、それは私の体がこれから起こる悲劇を察知していた、虫の知らせのようなものだったのではないかと思う。

彼が亡くなった後、私は長い間沈黙していた。最初の18カ月間はただただ呆然としており、体は動いていても、心は何一つ受け止められていなかった。夫の名前を呼ぶことも、「自死」という言葉を口にすることも、2年近くできなかった。複雑性PTSDと診断された。自死遺族のグループに参加して初めて、自分がいかに悲しみから目を背けてきたかを思い知らされた。

ずっと一人で何とかしようとしていたが、その反動で衝動買いに走ったり、酒に溺れたりした。手っ取り早くドーパミンを得ることで現実から逃げようとしたが、それでは心は癒えなかった。

その後、カウンセリングを受け、運動を始め、家族からの助けを受け入れるようになった。私と同じような境遇の人たちとつながったことで、インターネットを通じて発信する勇気も得た。SNSで声を上げ始めたことは、最悪の痛みを意味のあるものへと変える助けになった。

私の経験を共有することで、もし一人でも誰かが助けを求めるきっかけになれば、それには価値があると思う。

今でも気分の浮き沈みはある。「時間が解決してくれる」という言葉を、私は信じていない。むしろ、時間が経つほど辛くなることもある。節目を迎えるたびに、そこに彼がいないことを痛感するからだ。最初の1年ほどは、感覚が麻痺して涙も出なかったが、癒えるためには感情をしっかりと感じ切らなければならないのだと学んだ。

子供たちには、自分の感情を言葉にするよう促している。だが、父親の墓参りには連れて行かない。息子たちは何が起きたのかを理解しており、それが自死だったことも知っている。一方で、アランが亡くなった時まだ生後10カ月だった娘には、まだ理解できることではない。

知ってほしいのは、自死は誰にでも起こり得るということだ。典型的なイメージなど存在しない。だからこそ、周りの人に気を配り、自らも助けを求めることが不可欠なのだ。子供たちは父親に一目会えるなら何でも差し出すだろうが、誰よりも多くのものを失ったのは、他ならぬアラン自身なのだから。

どんなに暗い瞬間でも、常に希望はあるということを忘れないでほしい。

今の私の人生は、かつてアランと共に描いた未来とはかけ離れている。それでも、子供たちのために幸せな家庭を作ろうと決めている。現在は歯科医としてパートタイムでの復帰に向けて準備中だ。それは人生を立て直すための次の一歩であり、立ち直る姿を子供たちに見せたいと思っている。

自死が残す傷跡は想像を絶するもので、二度と幸せになれないと感じるかもしれない。けれど、人生には再び喜びを感じられる瞬間が必ず訪れるのだ。

リサ・マーシャルは、3人の子供を抱えて未亡人となった現実をSNS(@the_widowdiaries)で発信している。メンタルヘルス、特に若い父親たちの心の健康についてオープンに語り合うことの重要性を訴えている。

※本記事内に掲載された見解はすべて個人のものです

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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