「9条があるから戦争できない」は真っ赤なウソ

そもそも、「9条があるから日本は戦争に参加できない」は、日本の安全保障体制の実態の説明としては、真っ赤なウソである。9条の存在が自衛隊を縛っていないどころか、9条があることで、自衛隊の軍事力には「濫用の危険性」すら生じているのが現状だ。

3月11日に公開された拙稿でも簡単に触れたように、私は長年、「憲法9条があるから日本の自衛隊は法的に厳格に統制されている」というのは虚構で、逆に、「憲法9条があるから、自衛隊は憲法と法律によって統制されない危険な軍事力になっている」ことを指摘してきた(拙著『立憲主義という企て』東京大学出版会、2019年、第4章、『ウクライナ戦争と向き合う――プーチンという名の「悪夢」の実相と教訓』信山社、2022年、第3章など参照)。

詳細はこれらの拙著・拙稿に委ねるが、基本的問題点だけ再確認しておく。

戦力は保有せず行使もしないという建前を掲げた憲法9条(特に2項)があるため、日本は自衛隊という世界有数の武装組織を保有しているにもかかわらず、日本国憲法は戦力統制規範(注1)を含むことができない。またそのために、戦力統制規範を具体化する国内法体系も日本には欠損している。

憲法が9条2項で戦力保有や交戦権行使を明示的に否定しながら、同じ憲法において戦力を統制する規範を定めるのは論理的矛盾で、不可能だからである。

「9条があるから戦争できない」は真っ赤なウソ
写真=iStock.com/Marcos Silva
「高市首相は9条を盾に自衛隊派遣を断った」はウソ(※写真はイメージです)

注1:国際法の開戦法規(侵略禁止など)や交戦法規(民間人・民間施設無差別攻撃禁止など)に反する武力行使の濫用を実効的に抑止するために戦力の組織編制・発動手続・濫用処罰を厳格に規定する規範。

「反撃能力=敵地攻撃」が先制攻撃に突き進む恐れ

例えば、交戦法規違反の武力行使を裁く軍事刑法と軍事司法体系――これは刑法では代替できない――が欠損している問題は既に指摘されてきている。

さらに、かつて小声でささやかれていた「敵地攻撃」も、いまや「反撃能力」の名で公然と語られ、政府によって容認されている。つまり、憲法9条があっても、自衛のために他国を攻撃することが可能とされているのだ。例えば、他国のミサイルを迎撃するだけでなく、他国領土内のミサイル発射基地を攻撃できるということである。

ここには、さらに深刻な問題がある。敵の攻撃の破壊力が甚大で切迫しているなら敵に先んじて自衛のために先制攻撃してよいという「先制的自衛(preemptive self-defense)」が現代世界ではしばしば主張・実践され、これが侵略の正当化に濫用されている。日本も敵地攻撃が反撃能力の名で承認されている以上、このような濫用の危険から免れているわけではない。

これは極めて危険な状態である。「自衛のため」という口実で、他国を侵略することも可能になるからだ。しかし、現行の憲法は、9条の存在により、このような形で首相の防衛出動命令権が濫用されるのを実効的に抑止する戦力統制規範を定めていないし、定めえない。

現在の「事態対処法」(略称)では、首相の防衛出動命令には国会承認が必要ではあるが、「事後」でもよいことになっている。ただ、事後でよいとなると、事実上国会は内閣の決定を追認するだけになってしまう。相手国を日本が攻撃して既に交戦状態になっているのに、国会が事後承認を拒否して日本の武力行使を「なかったことにする」ことなどできない。できるのは停戦交渉を政府に要求することだが、これすら相手国が応じる保証はない。相手国が日本に対し交戦を持続しているのに、日本が一方的に交戦状態から離脱することは不可能である。

また、首相の防衛出動命令に対する国会統制という重要な戦力統制規範について、法律に委ねてすますのでは、時の多数派与党政府が容易に改廃できてしまうという問題もある。

本来は厳格な国会事前承認手続(注2)を憲法的制約として定める必要があるが、9条があるせいでそのような規定を憲法は設定できない。

注2:国会事前承認手続とは、他国に日本が攻撃されてから、防衛出動命令を首相が発令する前に、発令していいかどうかの承認を国会に求めるものだと誤解して、それでは遅すぎると反論する者もいるが、これは単純な誤りである。他国が日本攻撃を本当に意図しており、その準備を進めていることを示す具体的証拠を政府が国会(非公開特別委員会も含む)に提出し、国会がそれを精査した上で、信憑性ありと判断した場合に、その他国が攻撃の実行に着手した場合には直ちに防衛出命令を発出する――その事態に備えて自衛隊に予め出動準備をさせる――ことを、事前に首相に国会が授権するのが本来の国会事前承認手続である。