お市の意思は完全無視、現代風に例えると…

現代風に言えばこういうことだ。カリスマ創業社長が突然死んだ。しかも後継ぎとして育てていた長男まで同じ日に死んだ。

社内は大混乱である。残された息子たちは「次の社長は俺だ」と言い張り、子飼いの幹部や地方支店長たちは「こりゃ早く動かないと何も残らない」と、自分の担当地域や社内の権力基盤を確保しようと奔走し始める。悲しんでいる暇などない。

そんな中、三男・信孝がお市のもとにやってくる。

「おばさん、悪いけどお願いがある。うちの筆頭幹部・柴田勝家さんと再婚してくれないか。そうしたら、あの人が押さえている北陸支店も俺の側に引き込めるんだ」

お市としては困惑するしかない。「え〜、私、娘も3人いるし、もう若くもないし……」

すると信孝は畳み掛ける。「なにいってるんですか! おばさんは戦国の美魔女の筆頭ですよ! 社員がみんな言ってますよ! いよっ、戦国のマリリン・モンロー‼」

庶民レベルでも「天下一の美人」として噂になっていたお市の存在感は、権力闘争の文脈では純粋に政治的な価値を持っていた。美貌は、この局面では完全に外交カードである。

こうして、誰もお市の意思を確認しないまま、話は進んだ。

柴田勝家像
柴田勝家像(写真=『柴田勝家』福井市立郷土歴史博物館/個人蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

作り話にしか見えない「お市の最後」

庶民の噂話が描いたような「秀吉と勝家がお市を巡って張り合った」というのほほんとした話ではない。お市の再婚は、天下の主導権を争う権力闘争の中で、陣営固めの道具として処理された政治的取引だった。ここでも主語は徹頭徹尾、男たちである。お市の意思が介在した痕跡は、史料のどこにも見当たらない。

その最後を克明に語るのが『賤岳合戦記』である。これは「題目の如き書なり、別行するを以て収録す、小瀬甫庵太閤記と大異なし(『史籍集覧 總目解題 改定』)」とされる。つまり1626(寛永3)年に儒学者の小瀬甫庵が書いた『太閤記』より抜粋した物語である。

この本、とにかくすごい。燃える城の中で勝家とお市が盃を交わし、涙ながらに言葉を交わし、辞世の句まで詠む場面が、まるでその場にいたかのように克明に書かれている。

だが、待ってほしい。城が燃えている。勝家も死んだ。お市も死んだ。その場にいた者はほぼ全員死んでいる。では誰がこの場面を見ていたのか?

誰がお市の涙を見た。誰が盃のやり取りを記録した。そして誰がお市の辞世の句をメモしたのか。

「さらぬだにうちぬる程も夏の夜の別をさそふほとゝきすかな」

アチチチ……燃えちゃうよ‼ 命知らずな80年代写真週刊誌のカメラマンでも、向こう見ずなYouTuberでも取材は不可能だ。