学校と企業の類似構造

それが、資料の廃棄です。

いじめに関するアンケートや指導記録を年度ごとに捨てている。要するに、「継続的な把握をしない」と教師が決めているのと同じです。企業でいえば、クレーム履歴を毎年消しているのと同じ。そんなことすりゃ、問題はなくならない。何度でもトラブルがくり返し起きます。

で、最終的にどうなったか。この女子生徒は、包丁を持ち出して「刺せば死ねるのか」と言っている。つまり、単なる「学校に行きたくない」ではなくて、命の問題になっている。ここまで来て、ようやく重大事態なんて、まったく遅すぎます。

この構造って、実は企業社会でも起きています。

仕事で問題が起きる→誰かが報告する→上司が「様子見」→問題が拡大→ようやく対応→「再発防止に努めます」。これ、テンプレです。

で、このテンプレがなぜ繰り返されるかというと、答えはシンプルです。

「やらなかった人が損をする仕組み」の作り方

それは、「最初に動いた人が損をするから」です。

担任がすぐに動いた場合、どうなるか。

・保護者対応で時間を取られる
・加害児童の家庭ともモメる
・学校内で面倒な案件になる

つまり、「やらないほうがラク」。これがインセンティブ構造です。

じゃあどうすればいいのか。簡単です。

「やらなかった人が損をする仕組み」にすればいい。

たとえば今回のケースで言うと、

・担任 → 減給または免職
・校長 → 降格または免職
・教育委員会 → 責任者の処分

隠蔽いんぺいは厳罰」だとはっきりさせる。これくらいでないと、何も変わりません。

よく「教育の現場は聖域だから」みたいな言い方がありますけど、むしろ逆で、聖域だからこそ一番オープンにすべきだと僕は思います。

子どもって、自分で環境を選べません。会社なら転職できるし、嫌なら辞められる。でも小学生は、基本的にそこに行くしかない。毎日、通うしかない。つまり、学校って「逃げ場のない閉じた場所」なんです。

学校の机といす
写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです

そこで暴力が起きていて、大人が見て見ぬふりをしていたら、それはもう教育の場ではなくて「放置された危険地帯」です。

で、もう一歩踏み込むと、こういう問題って「人の善意に頼っている」限り解決しないんです。