頭がいいはずの人がときにバカな悪事を働くのはなぜか。医師の和田秀樹さんは「エリートの世界には『こうあるべき』という刷り込みが蔓延している。これに捉われると、それ以外の生きる道を想像することができず、融通が効かなくなる」という――。

※本稿は、和田秀樹『ストレスの9割は「脳の錯覚」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

コンピューターに囲まれて考える技術者
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「生産性を上げるのが何より大事」は勘違い

刷り込み、思い込みのことを、心理学ではまとめて「スキーマ」と呼びます。スキーマとは、簡単にいうと、「物事の認知をするときのパターン」です。

このスキーマによる「とらわれ」をなくすことで、考え方が自由になり、生きるのがラクになる。

逆に言うと、スキーマにとらわれていると、自由な発想の邪魔をすることもあります。

たとえば「椅子は座るもの」というスキーマに縛られていると、「椅子を机の代わりに使ってみよう」というような斬新なアイデアはなかなか生まれません。

さらにいうと、頭がいいとされる人、エリートほど、スキーマに縛られがちです。

これは考えてみれば当然で、高学歴であるほど多くの知識を刷り込まれていますし、過去の成功体験から「うまくいかせたいなら、こうすべき」というパターンも多く身につけています。

もちろんそれは立派なことなのですが、反面、豊富な知識や成功体験にとらわれるかたちで前例主義に陥り、柔軟な対応ができなくなるきらいがないでしょうか。

例えば、政治家や官僚、大企業らが信じている「生産性神話」は、長らく日本を苦しめているスキーマの1つのように思えてなりません。

戦後の日本人は一貫して「生産性を上げれば幸せになれる」と信じてきました。その一方で消費を軽視してきたのが日本人です。「贅沢は敵」で節制をよしとし、「働くもの食うべからず」で勤労を尊びました。

日本政府もそうです。業務の効率化による生産性の向上こそ日本経済を成長させる、という発想から、経済政策を打ち出しています。高齢者の雇用促進、あるいは女性の社会進出促進も、生産性向上の一環だと言えます。