いのちを延ばすより、自分らしく生きる

そのときに決めたことは次のことです。

「膵臓がんだった場合、治療は受けない」

なぜなら、治療をすれば体力が落ちて、やりたいことができなくなると思ったからです。

がんは、何の治療もしなければ、比較的死ぬ寸前まで動ける病気です。動けるうちは、好きな旅行もでき、美味しいものを食べる体力もまだあるはずです。

「延命治療はせず、人生の最期までなるべく長く元気で過ごし、好きなことをやりたい放題やって死んでいく」

これが私の死生観であると、はっきりとわかりました。

もしも心安らかに旅立ちたいなら、楽しい思い出をたくさんつくることです。

身体が元気なうちに、そして心がやる気に満ちているうちに、これまでしようと思っていたけどできなかったことや、「いつか」「そのうち」と思っていたことに悔いなく挑戦してください。

いのちを延ばすことよりも、自分らしく生ききることのほうがずっと大事なのですから。

「ピンピンコロリ」で死ぬのは絶対に嫌

死生観を持つことが大事とお伝えしましたが、あなたはこれからどんなふうに生きて、どんなふうに死にたいですか?

元気に長生きして、コロリと亡くなる「ピンピンコロリ」が理想的な死に方だという方も多いかもしれません。でも、私は「ピンピンコロリ」で死ぬのは絶対に嫌です。

できることならピンピンコロリではなく、死の準備ができる「がん」で死ぬほうがいいと考えています。

多くの方がピンピンコロリがいいという理由は、5つ考えられます。

1、寝たきりになりたくないから
2、苦しみたくないから
3、長期の介護になって家族に迷惑をかけたくないから
4、寝たきりよりも、自分らしく最期まで自立した生活を送りたいから
5、世の中的にそれが「理想の死に方」のようにいっているから

元気に長生きして寝たきりにならず、周りに迷惑をかけることもせず、最後まで自分の好きなものを食べ、やりたいことをやってある日、突然、死を迎えるというのは、たしかに理想な死に方かもしれません。

しかし、私はピンピンコロリは嫌です。

なぜならピンピンコロリは、いわば突然死だからです。

突然、予期せぬ形で死を迎えることになって、家族に「さよなら」の言葉も、「いままでありがとう」という感謝の気持ちを伝えることもできません。こんな死に方は嫌です。

墓前の僧侶と遺族
写真=iStock.com/Zoey106
※写真はイメージです

ピンピンコロリは、残された家族が「最後に一緒に過ごす時間」や「お別れをいう機会」が持てないため、心理的な区切りがつきにくい傾向があります。

看病や看取りを経ずに突然の別れになるため、死別を受け入れることに時間がかかり、現実を受け止めるプロセスが難しくなるのです。