強い感情には一種の快楽が伴う
反すうから抜け出せなくなるもう1つの理由として、
反すうによって味わう強い感情が、反すうから抜け出すのを難しくさせるということが挙げられます。
強い感情を体験することには、それがうれしいことや楽しいことだけでなく、怒りや悲しみなどであっても、一種の快楽が伴います。
そのため、「自分の怒りや悲しみに浸ることから抜け出せなくなる」という現象が起こります。これは、決してめずらしいことではありません。
反すうモードのなかで、「自分はこんなに苦しんでいる」「こんなに大変な経験をしている」という物語を繰り返し味わうと、ある種の陶酔が生じ、心理的な満足感につながることがあるのです。
そうした満足感を得られることで、自分を卑下したり、悲観的に考えたりすることが強化されると、現実的な問題解決よりも、反すう思考に浸ることが目的化してしまうことがあります。
結果、「自分は何もできない」という無力感がさらに強くなり、自己否定感にさいなまれてしまうという事態につながるのです。
つぼみのうちにつむ
こうした自己否定の感情は、連鎖的に積み重なります。たいていの場合は、自己否定の感情が積み重なりながらも、ほどよくそれらを遠ざけて回復し、日常生活を送ることができます。
しかし、その自己否定の感情が極限までつのってしまったとき、人は「こんな自分はもはや死ぬべきだ」という結論に至ることがあります。まさしく「反すうは人を殺すもの」であり、恐るべき対象であるということを強調しておきたいと思います。
反すうは、決してナメてはいけない強敵です。その負の影響を十分に理解したうえで、正しくおそれ、反すうから離れるためのスキルを身につけましょう。
そのために、相当の努力を傾けてしかるべきものという認識を持ってください。反すうは、放っておくと雪だるま式にふくれ上がって手がつけられなくなります。
自分の頭の中でぐるぐるとめぐる思考や感情が反すうだと気づいたら、すぐに対策に取りかかりましょう。
「反すうはつぼみのうちにつんでおくことが大切」です。

