セツの義母も大切にしていた

この情緒纏綿じょうしょてんめんたる手紙は、新婚当時の手紙ではない。結婚十数年、ヘルン既に五十歳を過ぎ、二人の男児と一人の女児の親となってる晩年の手紙である。妻を愛称して『小サイ可愛イママサマ』と呼んでるヘルンは、同時にいかにまた子煩悩こぼんのうであったかがわかる。

『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)
『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)

彼はいつも手紙の終りに『オババサマニヨロシク』とか『オババサマニ可愛イ言葉』とか書いている。オババサマとは彼の妻の母であって、名義上、小泉家の養子たる彼にとっては、姑の義母に当る老婦人である。ヘルンはその妻と共に、姑の老婦人と一家に同居し、純日本風の仕方でよく孝養の道を尽した。この姑の婦人もまた、旧武士の家庭に育った士族の娘で、純日本風の礼儀正しき教育を受け、かつ極めて善良に優しい心根の人であった。

ヘルンの文学に出る日本婦人のモデルは、多くその妻にあらずば姑の老婦人だといわれてるが、すくなくともヘルンは、この点での好運にめぐまれていた。なぜなら日本においても、それほど貞淑な妻や善良な姑は、一般に沢山は居ないからである。それ故ある人々は、ヘルンがもし悪妻をめとり、意地悪の姑等と同居したら、彼の神国日本観は、おそらく顛倒てんとうした結果になったろうと言っている。

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