※本稿は『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)の一部を再編集したものです。
ヘビやカエルを愛したハーン
いわゆる『文明』を嫌ったヘルンは、反対にあらゆる自然を深く愛した。特に虫や鳥やの小動物を愛し、蛇、蛙、蝉、蜘蛛、蜻蛉、蝶などが好きであった。それらの小動物に対して、彼はいつも『あなた』という言葉で呼びかけ、人間と話すようにして話をした。そうした彼の宇宙的博愛主義は、草木万有の中に霊性が有ると信じられてるところの、仏教的な汎神論にもとづいていた。それ故彼は、動物を始め植物に至るまで、すべて生物を虐めたり殺したりすることを非常に叱った。女中が蛇を追ったといって叱られ、植木屋が筍を抜いたといって怒られ、はては『おババさま』の姑(編集部註:セツの養母トミ)でさえが、枯れた朝顔をぬいたというので『おババさま好き人です。しかし朝顔に気の毒しました』と叱言を言われた。
「ばけばけ」に登場しなかった動物
ヘルンはまた猫が特別に好きであった。松江に居た時も焼津に居た時も、道に捨猫さえ見れば拾って帰り、幾疋でも飼って育てた。夫人と結婚して間もない頃、雨でずぶ濡れになった小猫を拾って帰り、その泥だらけのままの猫を懐中に入れて、長い間やさしく暖めていた。夫人の告白によれば、自分の良人に対する真の愛は、その時初めて起ったという。これほどにも情深く、心根のやさしい人があるかと思い、ヘルンに対して、何かいじらしく涙ぐましいものさえも感じたというのである。
そうしたヘルンの家庭では、自然界のちょっとした出来事や現象やが、いつも物珍しく大騒ぎの種になるのであった。たとえば裏の竹藪に蛇が出たとか、蟇が鳴いてるとか、蟻の山が見つかったとか、梅の花が一輪咲いたとか、夕焼が美しく出ているとかいうようなことを、だれか家人の一人が発見すると、一々それをヘルンの所へ報告に行く。
するとヘルンは大悦びで部屋をとび出し、『いかに可愛きでしょう』とか『なんぼ楽しいの声でしょう』とか『いかに綺麗』とか言いながら、何時間もその小動物を眺めたり、夕焼雲を見たりして悦ぶので、そうした小事件が見つかるたびに、女中や書生等の家人たちが、さも大手柄の大発見をしたように、功を争ってヘルンの所へ馳けつけるので、いつも家中が和やかに賑っていた。

