「人生は短すぎる」とため息を

晩年の八雲は、痛ましいまでその仕事に熱中した。既に老の近づいたことを知った彼は、自分の残されてる短かい時間に、なおまだ書かねばならない大事の事が、あまりに多くありすぎるのを考えて愁然しゅうぜんとし、『人生は短かすぎる』と幾度いくども言って嘆息たんそくした。

彼は心臓に病があった。その危険な兆候が、五十歳を越えてからしばしば現われて来た。初めて大久保の新居に移った時は、春のうららかな日であって、裏の竹藪でうぐいすがしきりに鳴いてた。八雲は縁側に立ってそれに聞き惚れ、『いかに面白いと楽しいですね』と言って喜んだが、また『私、心痛いです』と言った。何か心配でもあるのかと夫人が聞いたら、あまり楽しくてうれしいので、いつまでこの家に住み、いつまでこんな幸福が続くかと思い、それがまた心配になって来たと言った。

そうした彼の言葉通りに、現実の心配が迫って来た。老いが既に来り、死の近づいて来たことを知った彼は、すべての自然を感傷的に眺めることから、万象に対して愛以上の深いものを注いだ。ある晩秋の日に、庭の桜が返り咲きをしたのを見て、『春のように暖かいから、桜思いました。ああ今、私の世界となりました。で咲きました。しかし……』と言って悲しげに『かわいそうです。今に寒くなります。驚いてしぼみましょう』と言った。桜は実際その日一日で散ってしまった。

咲き誇る桜の花
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またその同じ秋の夕べ、かごに飼ってる松虫が鳴いてるのを聞き、『あの小さい虫、よき音して、鳴いてくれました。私なんぼ悦びました。しかし段々寒くなって来ました。知ってますか。知っていませんか。じきに死なねばならないということを。気の毒ですね。かわいそうな虫』と寂しげに言い、この頃の暖かい日に、そっと草むらの中に放してやれ、と家人に言いつけた。

妻セツは芝居見物で歌舞伎座へ

その頃のヘルンは、瞬時を惜しんで仕事に熱中していたため、以前のようには、度々妻と一所に旅行したり、散歩したりすることができなかった。それで妻の屈託を慰めようとし、夫人に向って度々外出や遊山ゆさんをすすめた。『外に参りよき物見る。と聞く。と帰るの時、少し私に話し下され。ただ家に本を読むばかり、いけません』と言った。

また時々は夫人に芝居見物をすすめて、『歌舞伎座に団十郎、たいそう面白いと新聞申します。あなた是非に参る、と、話のお土産』など言いながら、後ではいつも少ししおれて『しかしあなたの帰り、十時、十一時となります。あなたの留守、この家私の家ではありません。いかにつまらんです。しかし仕方がない』などと言った。