「お金持ちの家」といえば、高級住宅街の豪邸か、都心のペントハウスか……。そんなイメージを持つ人もいるかもしれない。富裕層マーケティングを手掛ける西田理一郎さんは「長らく住まい選びの基準は、立地、広さ、豪華な設備が常識だった。しかし時代は変わりつつある。いま、世界の富裕層が注目しているのは、まったく別の指標だ」という――。

「都心のペントハウス」よりも「きれいな空気」

かつて、成功者の証しといえば、大理石の床に巨大なシャンデリア、そして都市を見下ろす高層階のペントハウスだった。

消費とは「いかに多くの資源を使えるか」を誇示する行為であり、豪華絢爛であることこそがラグジュアリーの定義だったからだ。

しかし、現在私が接している富裕層の価値観は、そこから大きくシフトしている。

彼らが今、最も熱い視線を注いでいるのは「ウェルネスレジデンス」と呼ばれる、居住者の健康と肉体の最適化を最優先に設計された住まいだ。

広い芝生のある豪邸
写真=iStock.com/Architectural Visualization
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これは単に「ジムがついている」「有機野菜が手に入る」といったレベルの話ではない。

建物自体が呼吸し、エネルギーを生み出し、さらには居住者の生体リズムまで整える。そうした「システム」の中に身を置くこと自体に、彼らは最高の贅沢を感じている。

なぜか。

それは、パンデミックや激しいビジネス環境を経験したわれわれが、「本当の豊かさとは、外部環境に左右されず、健やかに生き延びること」だと気づき始めたからにほかならない。

彼らにとって、もはや「カッシーナのソファ」や「フェラーリ」は、記号的な消費にすぎない。

それよりも、「どれだけ純度の高い水を飲めるか」「どれだけ汚染されていない空気を吸えるか」といった、生命維持に直結する要素のほうが、はるかに価値が高いのだ。

世界各地で進行している最新のプロジェクトを見れば、その傾向は明らかだ。そこには、これまでの不動産常識を覆すような、驚くべき「新しい富の使い道」が存在する。

「快適な睡眠」に67億円を払うテック長者

テクノロジーの聖地、シリコンバレー。

ここで今、GoogleやAppleの幹部といった超富裕層たちがこぞって買い求めているのが、「Troon Pacific(トルーン・パシフィック)」が手掛けるウェルネス住宅だ。

彼らの住宅は、一見するとモダンで洗練された豪邸だが、その真価は目に見えない部分にある。コンセプトは徹底した「睡眠の質の向上」だ。

例えば、サンフランシスコの高級住宅街にある彼らの物件(販売価格4500万ドル=約67億円)には、驚くべき仕掛けが施されている。

まず、徹底した防音・防振対策が施されており、排水管には音響粘土が巻かれ、QuietRockと呼ばれる防音マットが使用されるなど、外部の騒音や振動が室内に伝わらないよう設計されている。

さらに、壁の中には電磁波シールドが埋め込まれている。Wi-Fiルーターや近隣からの電波を物理的に遮断し、脳を完全に休めるための「デジタル・デトックス・ルーム」を作り出すためだ。

空気の質へのこだわりも尋常ではない。

MERV-13規格の高性能な全館空気清浄システムが導入されており、1日に12回の全館空気入れ替えを実現。山火事などで外気がどれほど汚染されていても、室内は常に清浄に保たれる。

なぜ、ここまでやるのか。

それは、シリコンバレーの成功者たちが「睡眠こそが最強のパフォーマンス向上ツール」だと理解しているからだ。

彼らは日中、世界を変えるような決断を迫られ続け、脳を酷使している。だからこそ、自宅は単なる休息の場ではなく、翌朝に向けて脳と身体を完全にリセットするための「充電器」でなければならない。そのための環境に、数十億円を支払うことは、彼らにとって極めて合理的な投資なのである。