高度な専門技能を要する知識集約型の産業の誘致に注力

他方で土田(2024)によると、2000年を基準(100)とする指数でアイルランドの実質労働コスト(LCI)の推移を確認した場合、2023年の水準は126にとどまっている。

一方で、この間にEU27カ国全体のLCIも110まで上昇しているため、アイルランドの実質賃金とEU27カ国の実質賃金は一人あたりGDPが持つ印象ほど乖離していない。つまり、アイルランドの所得増は控えめに評価されることになる。

日本でも、海外からの直接投資に経済成長のけん引役を期待する機運が高まっている。熊本や北海道のように、半導体の工場の誘致を通じて、地域経済の活性化を図るケースも出てきている。

またアイルランドは、製薬業や情報通信産業だけでなく、金融業による直接投資の受け入れにも熱心である。イギリスのEU離脱でヨーロッパ事業の拠点を移した外資系金融機関(※3)も米系を中心に数多く、国際金融センター構想を描く日本が学ぶ点も多い。

とはいえ、税制優遇などを通じて海外から多額の直接投資を受け入れてきたアイルランドでさえ、それがGDPの高成長をもたらしても、国民の所得の増加にはあまりつながっていないという現実がある。

同国は人口が少ないがゆえに、製薬業や情報通信産業、金融業といった、高度な専門技能を要する知識集約型の産業の誘致に注力してきた。そのことがGDPの高成長につながったことは確かである。

経済波及効果を見極めた海外からの投資とは

とはいえ、そうした知識集約型の産業は経済波及効果が必ずしも強くないため、国民の所得の増加は限定的となっているのだろう。アイルランドの例は、単に外国から直接投資を受け入れるだけでは、国民の所得が増加しないことを示す好例である。

関山健、鹿島平和研究所 編著『稼ぐ小国の戦略』(光文社)
関山健、鹿島平和研究所 編著『稼ぐ小国の戦略』(光文社)

日本も直接投資に経済成長のけん引役を委ねるなら、なによりまず、日本は広範囲にわたる構造改革(労働市場改革や行財政改革など)を進め、ビジネスフレンドリーな環境を整備する必要がある。

そして、国民の所得を増やすという観点からは、知識集約型の産業の誘致に傾斜することなく、伝統的な自動車工業など、経済波及効果がより強い産業の誘致を目指すべきなのかもしれない。

斜陽化が進んだ産業部門では人材の不足が深刻であるし、外国人投資家も魅力を感じない。日本が優位性を持つ産業に対する直接投資には慎重な意見もあるだろうが、保護主義の立場に立つ限り、日本の経済成長は望みがたいといえよう。

※3 イギリスのEU離脱に伴いアイルランドの首都ダブリンに欧州拠点を移した金融機関として、バンク・オブ・アメリカ(BofA)がある。また投資銀大手のJPモルガンも、ロンドンの機能の一部をダブリンに移している。しかし、こうした金融機関は、ロンドンや他の大陸の拠点との間で人員や体制を適時調整する傾向が強い。

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