競争力の高い国は何が違うか。スイスのビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界競争力ランキング」では、一人あたりGDP世界トップクラスの国々がこぞって政府の能力という点で国際的に高く評価されている。また、日本より上位にオーストラリアや中国があることから、国土の大きさは言い訳にならないことがわかる。関山健、鹿島平和研究所 編著『稼ぐ小国の戦略』より紹介しよう――。

※本稿は、関山健、鹿島平和研究所 編著『稼ぐ小国の戦略』(光文社)の一部を再編集したものです。

握手を交わす候補者
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政府の強い成長志向と明確な戦略

一人あたりGDP世界トップ10の小国に共通する特徴として、第一に、中長期的な視点での危機感に基づき、強い成長志向を打ち出した政府が、明確な戦略で企業の予見可能性を高め、その挑戦を引き出している点を指摘したい。

①成長志向の強い政府

本書で取り上げた国々の政府は、次節以降で後述するとおり、その人材育成にせよ対外開放にせよ、限られた条件を最大限活かして経済を成長させることを強く意識し、政策運営を行っている。この経済成長に向けた政府の姿勢と効率性という点が、彼らの高い一人あたりGDPの基盤にある大きな特徴である。

たとえばシンガポールは、開発独裁とも評された政府の強いリーダーシップのもとで、外資主導の製造・輸出型産業と国家資本主導の国内基幹産業を並立させる経済体系を構築し、つねに発展段階を先取りした産業構造へと誘導しながら、驚異的な経済発展を成し遂げた。

ルクセンブルクも、1970年代以来、鉄鋼産業の構造不況から脱却すべく、政府が積極的に金融業や宇宙産業へのシフトを進めてきた。法制度を整えて世界中から銀行や保険会社を誘致したり、他国に先駆けていち早く官民連携で衛星通信企業を立ち上げたりしてきた。その結果、いまや同国は国際的な金融センターとなり、宇宙産業のハブとなっている。

さらに、デンマークも、1980年代から1990年代初頭にかけての不況を脱したきっかけは、政府が進めた労働市場改革であった。失業手当を縮小する代わりにリスキリングを重視し、衰退産業から成長産業へと労働者の移動を促すことに力点を移していった。

アイルランドでも、1980年代まで西欧の最貧国といわれた状況を脱した起点は、危機感を持った政府による金融特区設置などの大胆な産業政策である。