対外直接投資の受け入れを通じて名目GDPを急増

民族資本の育成よりも外国資本による工業化に基づく発展戦略を描き、それを実現したがゆえの現象ともいえよう。

こうした発展戦略が経済の高成長を生んだことは確かだが、一方でGDPとGNIのズレが示すように、アイルランドの実際の所得はGDP統計が示すほど増加していない。そのため、同国の経済指標は過大に健全に評価されることになる。

その代表的な指標の一つに公的債務残高の名目GDP比率がある。一般的に、公的債務残高の健全性はGDPとの対比で評価され、EUでは60%がその目安とされている(※1)

アイルランドの公的債務残高の対GDP比率は、2007年時点で23.9%だったが、翌2008年に42.5%に急上昇した(図表1)。

アイルランドの公的債務残高
出所=『稼ぐ小国の戦略

さらに、不動産バブルの崩壊に伴う金融危機と、金融機関の救済のための財政支出の拡大から、公的債務残高の対GDP比率は最悪期の2013年には120.1%まで達した。その後、公的債務残高の対GDP比率は急低下し、2023年には43.7%に至る。

この急速な改善は、主に名目GDPの急増によるものである。もちろん、この間にアイルランド政府は歳出の削減に努め、財政収支を均衡させている。そのため公的債務残高の規模そのものも、2012年から2019年までは抑制されている。

しかしそれ以上に、対外直接投資の受け入れを通じて名目GDPを急増させたことが、公的債務残高の対GDP比率の急低下につながっているのである。

税収は13年で2.5倍増

しかしながら、アイルランドの名目GDPの3割程度は国外に流出している。そのためEUの執行部局である欧州委員会も、金融支援の『ポストプログラムサーベイランスレポート』(2017年版)で、アイルランドの公的債務残高の改善を名目GDPとの対比で評価することの適切性に対して、疑問を呈している。

代わりに欧州委員会は、名目GDPのみならず、税収との比較で公的債務残高の規模を議論すべきだとしている。

アイルランドの税収は、好調な経済を背景に2010年から23年の間に2.5倍近くも増えている。一方で、名目GDPに占める税収の割合は、この間に22.6%から、2020年には16.1%まで低下している。

2023年には18.3%に上昇するが、同比率は統計で遡ることができる2000年には26.9%であったから、税収とGDPの増加テンポの乖離かいりはすう勢的に拡大していることになる。

これはアイルランドが、直接投資を誘致するため、12.5%(※2)という先進国の中でも極めて低い法人税を設定したことに伴う現象である。アイルランド歳入庁によると、2020年時点で上位100社による納税額が同国の税収の80%を占めていた。

そのほとんどは、アイルランドのGDPを押し上げる多国籍企業によるものであるが、税率が低いため、当然、税収とGDPの増加テンポには乖離が生まれることになる。

一連の事実は、アイルランド経済が確かに高成長を果たしたものの、その軌跡をGDP統計だけで評価することの限界を物語っている。このことは、国民の実質所得についても同様である。

アイルランドの一人あたり名目GDPは2021年に10万ドルを超えるに至り、ルクセンブルクに次ぐ世界2位の高水準である。同年の日本の一人あたり名目GDPは3万3823ドルだったため、その3分の1程度に過ぎない。

※1 いわゆる安定・成長化協定(SGP)の下、EU加盟国は、公的債務残高を名目GDPの60%以内に、また単年度の財政赤字を同3%以内に抑制することが求められている。
※2 アイルランドは2021年10月8日、法人税の最低税率をローバル・ミニマム課税で定められた15%とすることを「BEPS(税源浸食と利益移転)に関するOECD/G20包摂的枠組み」での議論において合意した。この合意によって、売上高7億5000万ユーロ以上のアイルランドの多国籍企業56社と、アイルランドに拠点を置く外資系多国籍企業1500社に対して、15%の法人税率が適用される見通し(出所はJETRO『ビジネス短信』〈94fa213ecc670599〉)。ただし大手監査法人アーンスト&ヤング(E&Y)によると、実効税率は15%を下回る可能性がある模様である。