菩提山頂には御殿があった
ちなみに2025(令和7)年の発掘調査によって、主郭部分には御殿の遺構が見つかっている。平時は麓の館に住み、非常時は裏の山上にある詰の城に籠城する。戦国時代の武将たちは、このスタイルで館と城を使い分けていた、といわれるが、半兵衛にはその常識があてはまらないのかもしれない。「常在戦場」という心構えだったのだろうか。
二重かと思いきやY字の空堀
ここまででも充分に菩提山城の唯一無二ぶりがわかるが、この城の個性の凄さはこれだけではない。山上一帯には、めくるめく土木遺構が点在しており、そのひとつひとつが実にオリジナリティにあふれているのだ。
主郭は見事な平地に加工されているが、尾根続きに南に進んでみると、隣り合う曲輪との間を隔てている空堀が目を引く。しっかりと深く、しかも二重になっている。
斜面に沿うように配されたものならともかく、曲輪のど真ん中をぶった斬るような形で、ここまでの横幅を持つものはお目にかかれない。
しかも、ここは主郭からすぐそばの中枢部。通常、城の中枢部にここまで大規模な空堀は見られない。二重の空堀によって二つの曲輪に分断されているが、この堀を埋め、高低差を調整して一つの巨大な曲輪としたほうが、より兵士の駐屯しやすい空間が生まれる。一体これはどういう意図をもって、こんな二重空堀を設けたのだろうか……。


