益富城の実態を知る手掛かりは?
現在の益富城にはもちろん、秀吉の一夜城はないし、墨俣城のように模擬天守(史実に基づかない天守)もない。ただし現地を訪れれば、想像を掻き立ててくれる痕跡は残っている。
そのひとつが、二の丸にある白米流し跡。現在は鬱蒼と木々が茂っているが、ちょうど古処山城のある西側。刈り取って山肌があらわになれば、遠くからでもよく見えただろう。
城内に水が豊富にあるかのように、白米を流して偽装した話は、籠城戦のあった山城のエピソードとしては比較的よく聞く。水とともに兵糧も大事な生命線なのだからマユツバに思えるが、回収の目処が立っていれば問題ない。
ましてや益富城の場合、敵陣ははるか先。城下は全て味方が押さえていたのだから、秀吉のこと、相当ド派手な白米の滝をこしらえたのではないだろうか。
二の丸の西に連なる本丸には、こんな遺構もある。
木立さえ刈り取ってしまえば、これも古処山城から見えたはずの場所。はたして、千成瓢箪の旗印が翻っていたのか。



