益富城の実態を知る手掛かりは?

現在の益富城にはもちろん、秀吉の一夜城はないし、墨俣城のように模擬天守(史実に基づかない天守)もない。ただし現地を訪れれば、想像を掻き立ててくれる痕跡は残っている。

益富城の縄張図(現地案内板より)
撮影=今泉慎一(風来堂)
益富城の縄張図(現地案内板より)
急斜面の凹みが白米流し跡
撮影=今泉慎一(風来堂)
急斜面の凹みが白米流し跡

そのひとつが、二の丸にある白米流し跡。現在は鬱蒼うっそうと木々が茂っているが、ちょうど古処山城のある西側。刈り取って山肌があらわになれば、遠くからでもよく見えただろう。

城内に水が豊富にあるかのように、白米を流して偽装した話は、籠城戦のあった山城のエピソードとしては比較的よく聞く。水とともに兵糧も大事な生命線なのだからマユツバに思えるが、回収の目処が立っていれば問題ない。

ましてや益富城の場合、敵陣ははるか先。城下は全て味方が押さえていたのだから、秀吉のこと、相当ド派手な白米の滝をこしらえたのではないだろうか。

二の丸の西に連なる本丸には、こんな遺構もある。

木立さえ刈り取ってしまえば、これも古処山城から見えたはずの場所。はたして、千成瓢箪せんなりびょうたんの旗印が翻っていたのか。

明確な二つの凹みがわかる旗立石
撮影=今泉慎一(風来堂)
明確な二つの凹みがわかる旗立石