「悲惨な震災」が日本のサーモン養殖の転機に

そこに起こったのが2011年の東日本大震災です。三陸のサケマス養殖は一時的に壊滅状態となりました。それが全く違う場所で大きな問題を引き起こしました。

海面養殖業者に種苗を供給してきた、北海道や東北の山間部に位置する内水面の養殖業者です。彼らの養殖場には震災の影響はほとんどありませんでした。

ギンザケ養殖やトラウトサーモン養殖の種苗はこのような内水面養殖業者により育成され、その後、海面養殖業者に販売された後、海面で大きく育成されるのですが、震災は山と海と2段階の育成システムの後半部だけを破壊し、前半部が残され、種苗が大量に余ってしまったのです。

震災直後、日本水産は宮城県から撤退して鳥取県境港に本拠地を移動させ、種苗の受け入れ体制を作りました。

しかしそれでも全ての種苗を使い切れないため、香川県などのハマチ養殖業者が余剰種苗を受け入れ、夏場しか行っていなかったハマチ養殖の冬期の裏作としてギンザケやトラウトサーモンの養殖に挑戦したのです。

その後、刺身用の大型魚を育成する技術も進歩し、この裏作がいわゆる「サーモン養殖」として発展していくことになります。悲惨な震災こそが日本のサーモン養殖業の発展の契機だったのです。

鮭刺身
写真=iStock.com/MARCELOKRELLING
※写真はイメージです

他方、三陸の小規模なギンザケ養殖経営体は震災後に宮城県漁連を中心に結束し、震災復興に尽力しました。

ゼロからのスタートでしたが、現在では年間1万5000トン程度まで生産が回復し、三陸養殖ギンザケは春の鮮魚売場を彩る風物詩の地位を取り戻しています。

全国に広がった「ご当地サーモン」養殖

こうして始まった海面養殖サーモン事業は、ギンザケやトラウトサーモンが中心となっています。

トラウトサーモンである香川県の「オリーブサーモン」、同じく青森県の前述した「青森サーモン」、養殖ギンザケである鳥取県の「境港サーモン」、同じく宮城県の「みやぎサーモン」、さらには希少性の高いサクラマスを養殖した「淡路島サクラマス」などがそれです。

このうち宮城県や鳥取県など、震災以前からの流れをくむ養殖ギンザケは生食市場だけではなく、加熱用切り身としての販売も多いようです。

しかし震災後に新しく取り組みが始まった養殖経営はどれも生食市場を狙ったもので、刺身に向いた身質を持つトラウトサーモンが主な対象となっています。

他方、サクラマスやマスノスケ(キングサーモン)など差別化を意識した希少種での取り組みも増え、各地域で特色あるサーモン養殖開発が進んでいます。

ご当地サーモンと呼ばれる通り、産地は今や日本中に拡大し、加熱用まで合わせると年間2万トンを超えるまでに成長しました。

これまで消極的だった北海道でも今後は参入が増える見込みで、北日本地域を中心に順調に生産が拡大すると考えられます。サーモンは身色が明るく食欲をそそる赤橙色で脂もたっぷりと乗っています。

クセがなく、サラダ素材としてメニュー化しやすい洋風イメージを有するところから、特に若い世代に支持されています。

鮮度や地域性で差別化できますから、輸入サーモンと十分に戦える魅力を持っているのです。