
看護学校の写真に想像が広がった
NHK連続テレビ小説「風、薫る」の原案本『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)を私が書くきっかけとなったのは、コロナ禍でした。看護師さんたちが連日ニュースに出て、過酷な状況で働いている姿を見ながら、以前に女性医師の草分けになった人について書いた(『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』)ときに知った、大関和(「風、薫る」一ノ瀬りんのモチーフ)のことが気になりました。
もともと大関和の名前は知っていたのですが、詳細は知らず、当時は別の人物について執筆中でしたから、看護の歴史もちょっと調べてみようかという、軽い気持ちだったんです。
すると、大関和を含めた「桜井看護学校」1期生の人たちが写っている1枚の写真(上の写真)が出てきた。中央は指導者のアグネス・ヴェッチで、大関和はそのかたわらに凛とした表情で写っていて、インスピレーションがわく写真でした。その瞬間、この人たちの人生を知りたいと思いました。
不当に蔑視されていた看護婦たち
そして、本を書くにあたって最初に驚かされたのが、明治時代の「看護婦」という職業の扱いです。今でこそ看護師は専門職として広く認知されていますが、当時は「カネのために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業」と見なされていた。家柄の良い女性が看護の道を志すこと自体が「恥」とされていた時代に、家老の娘だった大関和が、あえてその道に踏み込んでいったんです。私自身、いろいろ取材し、書いていく中で、彼女たちがどれほど“異端”だったかを、改めて実感しました。
実は当初は大関和一人の伝記として企画を立てていました。最終的な書名も『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)と和が主人公のままなのですが、書き進めるうちに鈴木雅(「風、薫る」大家直美のモチーフ)がどんどん存在感を増してきて、気づいたら和と雅のバディ物になっていた。「風、薫る」でもその友情が描かれますが、史料的には2人が助け合っていたとか、こんな会話をしていたという記録はまったくないんです。