※本稿は、青山誠『大関 和 看護に人生を捧げた日本のナイチンゲール』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
明治の「妾」はオフィシャルな存在
当時は金と地位のある者が妾をもつのは普通のことで、世間から後ろ指をさされるようなことはなかった。むしろ“男の甲斐性”として自慢になったりもする。明治3年(1870)12月に制定された刑法典の新律綱領でも「妻と妾を同等の二等親」として妾の存在を公認していた。
また、かつての大名や藩の重臣の正妻には、子を多く産みそうな健康な娘を探して側室や妾にするよう夫に勧める者もいた。多くの子宝を得て家の安泰をはかるのは妻の務めと考えている。妾に嫉妬として目くじら立てるのはみっともない。と、維新後も上流階級の女性にはそういった意識が根強かったという。
夫の福之進からすれば妾を認めないチカのほうが非常識に映る。だから、そんなことに声を荒らげて怒っているのを人が知れば「お前が恥をかくだけだぞ」ということなのだ。福之進は、チカの嫉妬を世間知らずの非常識だと思っている。まだ若いだけに仕方がない、そのうち分別がついてくれば納得してなにも言わなくなるだろう。いまは適当にあしらっておけばいいと、大人の余裕を見せていた。
チカも当時の世間の“常識”を知らないわけではない。しかし、たとえ常識であっても嫌なものは嫌、男たちが妻の他に妾を囲うことがどうしても許せない。地位のある男たちのなかにも、側室や妾を持たない者は大勢いる。弾右衛門がそうだったのかもしれない。人は自分が見てきたものを“普通”だと思うものだ。実父母の夫婦生活を見て育ったチカにとっては、夫は妾を持たず妻ひとりだけを愛する一夫一婦制こそが正しく、それが“普通の夫婦”なのだろう。
チカは愛人の存在に納得せず…
福之進はチカの性格を見誤っていた。いや、最初から妻の性格に興味がなく、どうでもよいと思っていたのだろうか。家柄が良く美人の娘、世間体は申し分ない。それだけで十分。どんな性格であろうが、結婚すれば自分のやる事に文句を言わず従ってくれるはず。妻が夫に従うのは世の摂理なのだから、いずれそれを理解して大人しくなる。そう思っている。実際、当時の夫婦は大概がそんな感じだった。が、その考えは甘い……チカの思考回路は当時の“普通”ではない。何年経っても「約束が違います」と、婚前の約束の履行を求めて妾との関係を清算するように迫ってくる。
「いくつになっても聞き分けがない女だ」
結婚して間もない頃は、若い妻の嫉妬を可愛いと思ったりすることもあったが、やがて、辟易とするようになる。いまはもう面倒臭くて仕方がない。そのため家を留守にして妾宅で過ごす時間が増えていた。