佐野晶哉演じるシマケンこと島田
NHK連続テレビ小説「風、薫る」(脚本・吉澤智子、原案・田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』)で、佐野晶哉演じる島田健次郎、通称「シマケン」が独特の存在感を放っている。シマケンは“言葉オタク”の青年で、外国語や新しい思想に通じ、看護学校の休日のたびに帰省してくる一ノ瀬りん(見上愛)の相談相手。りんに思いを寄せているらしい。歴史に詳しい視聴者の間では、このシマケンのモチーフは、社会運動家・木下尚江ではないかとささやかれている。
それもそのはず、りんのモチーフ・大関和の生涯において、木下尚江は単なる「知人」では収まらない人物だった。一度は結婚を約束する寸前まで進みながら、最終的に破談に終わったこの恋は、相馬愛蔵(新宿中村屋創業者)・黒光夫妻の著作にも詳しく記録されている。明治女性の「自立」と「結婚」をめぐる葛藤が凝縮された出来事として、看護史研究のうえでも避けて通れないエピソードだ。
大関和の「信仰」の同志たち
ここで押さえておきたいのは、和が熱心なクリスチャンだったという事実だ。20歳以上年上の旧黒羽藩士・渡辺豊綱との結婚生活で、妾の存在を清算しない夫に深く傷ついた和は、離婚後の明治19(1886)年、植村正久に勧められて桜井女学校付属看護婦養成所に第一期生として入学。翌明治20年、植村が創立した一番町教会(現・富士見町教会)で受洗する。
植村の母から一夫一婦を説くキリスト教の教えを聞き、結婚後に妻妾同居で苦労した身として深く感化された。朝ドラでは宗教的背景は描かれていないが、和が結婚生活を抜け出し職業婦人の道を選んだことも、廃娼運動に身を投じたことも、後年の結婚観も、行動原理の中核にはキリスト教信仰があった。
二人の出会いは、明治24(1891)年5月。和が東京の帝国大学医科大学附属第一医院を辞め、新潟県・高田の高田女学校舎監として赴任していた頃のことだ(「明治のナイチンゲール大関和のふるさと栃木を巡る旅路」栃木県観光物産協会)。同年春、東京で和に世話になっていた相馬愛蔵が、たくましい姿で和の寄宿舎を訪ねてきた。帝大第一医院で疥癬に苦しんでいた時期に、入院患者として和に手厚く看護されたことへの感謝を伝えるためだった(『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』毎日新聞出版)。