りん(見上愛)と直美(上坂樹里)という看護師になった2人の女性を描く「風、薫る」(NHK)。原案本の作者・田中ひかるさんは「直美のモチーフ、鈴木雅さんは大関和(りんのモモチーフ)さんに劣らず優秀で、2人とも武士の娘という共通点もあった」という――。

原案者は鈴木雅に何を託したか

「風、薫る」(NHK)の原案となった著書『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)では、大関和おおぜきちかのバディ(相棒)として、鈴木雅すずきまさを描きました。そうすることで、看護についての考え方や、戦争についての考え方が一面的にならないようにしています。

雅はご親族が残してくださった史料のおかげで、経歴についてははっきりとしているのですが、自分のことをほとんど書き残していないのです。看護に関する論考や記事は残しているのに、自分自身の内面については語っていません。

大関和と鈴木雅が出会ったのは、1887年(明治20年)、桜井女学校附属看護婦養成所の入学時のことです。一期生は和を含めて8人(のちに修了したのは6人)。その中の1人が雅でした。

ドラマと違って雅も士族出身

「風、薫る」では鈴木雅をモチーフとした大家直美は教会に捨てられ、転々としてきたみなしごというオリジナル設定ですが、実際の雅は和と同じく士族の出身で、和とは英語などの学問の素養があるという点が共通しています。他の学生たちはこの2人よりかなり年若く、しかも2人は“子を2人ずつ抱えるシングルマザー”という境遇まで重なっていました。

鈴木雅の写真
写真=医療法人知命堂病院提供
鈴木雅の写真

和は離婚によって、雅は1883年(明治16年)に夫・鈴木良光(陸軍歩兵少佐)が病没したことによってシングルマザーになったという違いはありますが、子どもを抱えて生きていかなければならないという状況は同じです。これだけ共通項がある2人が同じ学校に入ってきたのですから、話が合わないはずがない、と思いました。

ただ、物語の中では最初から二人の気が合ったようには書いていません。人間関係はそんなに単純ではないですよね。会話については史料に残っていませんから、2人の会話はほとんどフィクションなのですが、2人の性格と時代背景から自然と生まれてきました。2人が親しくなっていく場面として、「ランプの火屋ほや磨き」のシーンを書いたのですが、実際にこの時代の看護学校では火屋磨きが毎日の重労働だったという記録があります。ガラスの部分などは細い腕の方が作業しやすいようですよ。

寄宿生活では食事の準備も洗濯も、勉強以外にやらなければならないことが山ほどあって大変だったというのは資料に残っています。でも、食事中にこんなにおしゃべりをしたとかいうことは全然資料にはなく、創作で入れた点です(笑)。最初は子どものことを尋ねたらムッとされてしまうような関係が、生活をともにするなかで距離を縮めていったというふうに描きたかったんです。