新潟で廃娼運動を支援した和

愛蔵は東京専門学校在学中にキリスト教の洗礼を受け、明治23(1890)年の卒業後は札幌農学校で養蚕学を修めて郷里・安曇野へ戻り、蚕種製造業を営んでいた。同じキリスト者として、二人は高田城址を歩きながら信仰の歩みを語り合ったという。

大関和と親しかった実業家の相馬愛蔵
大関和と親しかった実業家の相馬愛蔵(1870~1954年)、1910年代(写真=新宿中村屋公式サイト/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

このとき高田では、キリスト教団体の青年たちを中心に廃娼運動が盛り上がっていた。和もこの運動に深く関わり、賛美歌や自作の「廃娼唱歌」を集会で自ら高田女学校のオルガンで弾き語って聴かせるなど、独自の関わり方で運動を支えていた(『Newsがわかる特別編 大関和がわかる』)。