第2子を産むときは「里帰り」

明治13年(1880)には長女のしんが生まれた。チカは実家に帰って出産することを望み、福之進もそれに反対しない。

この頃には夫婦仲がすっかり冷めていた。しかし、福之進には元家老の娘を妻にしていることにメリットがある。また、離婚は世間体が悪いから避けたい。チカもそうだろうと彼は考えていた。当時は男よりも女のほうが離婚を恥と考える傾向が強く、落ちぶれたとはいえ元家老の娘ともなれば世間体は大いに気にする。チカのほうから離婚を言いだすようなことはないはずだと、タカをくくっている。だから、大切な嫡男の六郎を伴って行くことも許したのだろう。