和は献身的な看護で尊敬された
当時の記録には「大関婦長が病室に入ってくると患者の顔が明るくなる」という言葉も残っていて(相馬黒光『穂高高原』より)、その看護がいかに人の心に届くものだったかが伝わってきます。口癖は「金は天下の回り物(天下の持ち回り)」で、あるもの全部人にあげてしまう人でした。17歳の時に和の看護を受けてすごく感謝して、亡くなるまで支援したのが、のちに新宿中村屋の創業者となる相馬愛蔵です。一生感謝されるくらいの熱心で献身的な看護だったということでしょうね。
『明治のナイチンゲール 大関和物語』について、史実とフィクションの境目がどこかと聞かれたら、こう答えます。生まれた時代や場所、きょうだい関係、主要な職歴は間違いないですが、人間関係の細かなやりとりや会話はほとんどフィクションです。それは史料には残っていないからです。たくさんの史料を読み込み、大関和と鈴木雅の性格と、この時代背景だったらこう考えただろう、こう動いただろうという想像から出てきたものが多いのです。
朝ドラきっかけで始まった交流
大関和や鈴木雅について調べ始めたことで、そのご子孫の方たちとの縁ができ、ご身内ならではのエピソードをうかがったり、史料を提供していただくことができました。こんなに自由に書かせていただき、恐縮していますが、みなさんとても温かいのです。
それに、ドラマを観ながら改めて感じたのは、明治ってこんなにも近い時代だったんだなということ。ご子孫の方たちから聞いたエピソードや史料を基に、新たに書き記したいこともたくさんあります(笑)。
取材・構成=田幸和歌子
1970年、東京都生まれ。学習院大学法学部卒業。予備校・高校非常勤講師などを経て、専修大学大学院文学研究科修士課程、横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程に学ぶ。博士(学術)。著書に『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(平凡社)、『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』(中央公論新社)、『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社)など。
