温暖化の影響は「悪いことばかり」ではない
メディアでは地球温暖化の悪影響だけをクローズアップするので、消費者も過剰に悲観的になりがちですが、海水温上昇の影響で日本近海にはブリやクロマグロが増えており、悪いことばかりではないのです。
漁業はそもそも変化する自然を相手にした原始産業で、その長い歴史を通じて柔軟に生産構造を変化・洗練させてきました。
環境変化に対応できない硬直的な漁業は淘汰され、変化に対応できる柔軟な漁業だけが生き残ってきたとも言えます。
同じ土地を継続的に利用し、エネルギーを大量消費することで「作りたい作物だけを大量に、効率よく作る」ことを追求してきた農畜産業と異なり、場所を移動し、「その時に獲れる魚を獲れる場所で獲る」というのが漁業本来のスタイルであり、硬直的になってしまった現代的農畜産業にない強靱さなのです。
日本人の水産物の消費スタイルも同様で、サンマやスルメイカの不漁を嘆くより、マイワシやブリの豊漁を喜び、有り難く食べればいいのだと思います。
「どう獲るか」も大事ですが、それを決めるのは「どう食べるか」という消費者の行動です。
「食べたい魚が獲れない」ことを嘆くのではなく、「獲れた魚を食べる」ことを楽しむことができれば、少なくとも漁業や水産食料に関して、環境変化や資源変動に一喜一憂することはなくなるはずです。
「ブリコラージュ」としての日本の漁業と魚食文化
古来より発展させてきた魚食のあり方とその流儀、変化し続ける自然と調和して生きる知恵、それこそがレヴィ=ストロースが賞賛した、日本が世界に誇る文化的強みだと筆者は思います。
彼は主著『野生の思考』(みすず書房、原著1962)の中で、そこにあるものを寄せ集め、不十分でも発展性のあるものをアドリブで創造する行為を「ブリコラージュ」と呼び、人類が本来有している「野生の思考」の典型としています。
それこそが、完全を目指して融通の利かない西欧的な「科学の思考」を補完するものだというのです。
日本の漁業と魚食文化はまさに「ブリコラージュ」そのもので、その時そこにいる魚を獲り、その場その場で工夫を凝らしながら美味しく食べてきました。
変化し続ける環境に対して硬直的な「科学の思考」だけではもはや対応が困難です。今こそ柔軟な「ブリコラージュ」としての漁業と魚食文化を見直すことが必要だと思うのです。


