30代に築かれた人生の土台
それから10年、40代にはいるときはどうだったか。
30代になるときと比べて40代はなんだかサラッと突入した印象がある。たぶんそれは30代のときほどの大きな人生の煩悶がなかったからだろう。
ホームレスになることも視野に一か八かで選択したフリー探検家の道であったが、幸運なことに執筆した書籍がノンフィクション作品として評価され、物書きとして自活できるようになった。
自分で書いたものが賞と名のつくものをいただくなど退職前は想像したこともなかったが、それをきっかけに探検家兼文筆家という特異なポジションを業界内に獲得し、好きなことを書かせてもらえる立場となった。
探検してそれを書くことを生業にできたのは文才ではなく、次から次へとテーマが湧いて止まらない性格ゆえだろう。プロの書き手に一番必要なのはテクニックではなく、書きたくて書きたくてたまらない何かが内側から込みあげてくるかどうかだ。
さらに家族もできて、30代に人生の土台が着々と築かれていった。
この土台はかなり堅牢で、そんなに簡単には崩れそうにないし、自分で崩すのも大変な労力が必要そうだ。この土台のおかげで、当時は人生最高の探検作品を制作したいという思いを具現化することに専念できた。
楽しいというより、とり憑かれていた
それは脱システムという思想を行動に移すこと、すなわち極夜の北極を旅することである。楽しいというより、とり憑かれていた時期だったといえる。
30代、40代への突入時は楽しさというより走り抜けた感覚がつよい。しかし50代を前にしたいまは、どっしり腰を落ちつけてそれを待ち構えている感じだ。もうここまできたらどうなってもいいや、という変な開き直り感もある。


