実体験ではない以上、究極のところはわからない
でも一方で、これだけ深掘りできた自負があるのに、究極のところはわからなかったという虚しさが拭えない。実体験ではない以上、他人のことをどんなに取材しても決定的なところはわからない、そんな無力感だ。
漂流も海洋民文化も私自身の経験ではない。漂流した漁師の世界を完璧に理解するには、私自身が佐良浜で育ち、その土地の歴史的、文化的エートスが身体の奥深くまで注ぎこまれ、必然的にマグロ漁師となり漂流するしかない。
他人に話を聞いてどんなに心を揺り動かされたところで、そこから生まれる言葉は最後まで解釈の枠を出ない。なぜなら私は当事者ではないからだ。これは読み手がどう思うかの問題ではなく自分自身にたいする言葉の説得力の問題である。
つまり、経験が根拠になければ自分自身への決定的な説得力をもちえず、それが真実だと確信できず、どこか居心地が悪いのだ。
それ以来、私は取材から身を引き、基本的に一人称による文章作品だけを執筆することに決めた。それが39歳のときだ。
自分の内側を根拠にして言葉を生み出す
そのころはまだ三人称作品を書きたいというライターとしての欲求は多少あったが、自分にたいして説得力のある言葉が生まれないならあまり意味がない。それからは自分の行為が根拠となったものだけを書くことにした。
同時に実体験にもとづく探検ドキュメンタリーのほうも、そのころから書き方を変えるようになった。
私がめざすのはいつも人間のいない荒野の真っ只中である。しかし、自然のなかを旅しても日々は単調で、極論すると遭難でもしないかぎり書くに値するような面白いことは何もおきない。
単独行だと会話すらないのだから、自然のなかの旅ほど執筆にむかないものはないわけだ。そのため、30代前半までは自分の探検と過去の探検家の行動をクロスさせる構成で本を書くことが多かった。
過去の探検史を交差させることで内容はスリリングになり、作品のリーダビリティーも高まる。しかし40歳を境にこれをやめ、自分の行動の動機やひっかかりを深く分析し、それを言語化することに努めるようになった。
自分の内側を根拠にして言葉を生み出す、という意味では、これも取材をやめたのと理由はおなじである。

