三人称文体のほうが書いていて面白い

他者を取材して書くことは、自分の行動や頭のなかを文章に置きかえるのとはまたちがった魅力がある。

自分のことは主観的な視点で書くので文体は一人称となる。だが、他者の話を書くときは俯瞰的視点から三人称で語る文体となる。

一人称文体は私そのものだが、三人称文体は客観的な立場にたつので、私と文章とのあいだにどこか適度な距離が保たれ、文章のリズムがまったく異なったものとなる。

純粋にライティングの魅力でいえば三人称文体のほうが書いていて面白い。もともとそんな感覚があったので、40を過ぎて体力が落ちたら探検、登山、冒険は趣味的レベルにとどめ、仕事としては取材作家に専念するんだろうなぁと漠然と想像していた。

ノートに書き込みをしている男性の手元
写真=iStock.com/Volkan ISIK
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ではなぜ40以降をこんなふうにとらえていたかというと、経験が浅かったがゆえに加齢の妙味を読み誤っていたからだと思う。

当時は体力まかせで山に登ったり極地で旅をしたりしていたので、経験がもたらす世界の拡大に想像がおよばず、40以降を単なる下降期としてしか認識できていなかった。

ところが現実にはどうか。48歳の私はいまだにバリバリで極地探検をつづける一方、40以降に本格化すると予想していた取材活動からは完全に手を引いた。私は人生を読みちがえていたらしい。

取材をやめた理由

余談だが取材(ここでは事実を突き止めるため他人にインタビューすることとする)をやらなくなったのには、はっきりとした理由がある。

30代後半の頃、操業中に漁船が沈没して漂流した沖縄のマグロ漁師をテーマにとった『漂流』(新潮文庫)という本を書いたのだが、その取材で彼の足跡をたどるうちに、私は彼の故郷である伊良部島いらぶじまの漁村佐良浜さらはまの海洋民文化にすっかり魅了されることとなった。

彼の人生を支配し、その行動に決定的な影響をあたえた佐良浜の特異な歴史と文化。そのエートスが臓腑ぞうふにまでしみこんだがゆえに漂流した漁師。

取材をすすめるうちに私のなかに、このふたつを重ね合わせることで海と人間という抽象的なテーマでノンフィクションを書けるのではないか、という野心がめばえた。

そしてなんとか書き上げたとき、しかし私はふたつの矛盾する思いに引き裂かれたのだった。ひとつは海と人間を深く考究する作品ができたという満足感だ。

多くの漁師、島民に話を聞き、カツオ漁船やマグロ漁船にのり、漂流現場のフィリピンにも何度か足をはこび、取材のかぎりをつくすことで、海に生かされ、海に殺される人間の生き様を描くことができた。そういう自負があった。