正妻・別妻がいる中で、茶々と結婚
秀吉の正妻は、木下寧々(高台院)であった。福田氏は秀吉の別妻には、茶々・松の丸殿・三の丸殿(織田信長娘、?〜1603か)・加賀殿(前田利家娘、1572〜1603)の、少なくとも4人がいたことを指摘している(『淀殿』)。
茶々以外の人物で、秀吉の別妻となっていたことが確認できる時期は、松の丸殿が天正18年3月、加賀殿が同年7月、という具合であり(桑田忠親前掲書)、史料の残存状況により、必ずしも早い時期から確認されているわけではない。
ただし松の丸殿については、天正12年に兄高次が秀吉の直臣に取り立てられたのは、松の丸殿が秀吉の別妻になっていたことにともなう、と考えられている。この推測は妥当性が高いとみなされるので、その頃には秀吉の別妻になっていたとみてよいであろう。
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