逮捕直前まで「エプスタイン氏の味方」だった?
他方、伊藤氏やホフマン氏たちがエプスタイン氏の失われた信用と正統性の回復に力を貸しても、エプスタイン氏の評判は悪化する一方の状況であったことも読み取れる。
フェミニストを中心に「私も性的犯罪の被害者である」ことを訴える#MeToo運動が2010年代の米国で高まりを見せる中で、エプスタイン氏が2008年に有罪となったフロリダ州以外の場所で犯した罪の捜査が、2019年2月に連邦検察官によって開始された。
2019年2月28日に伊藤氏はエプスタイン氏に宛てたメールで、「(投資家の)レオン・ブラック経由の寄付はキープできるけど、君の財団から出た2万5000ドルはMITがアリゾナ州立大学に送り返すことになった」と連絡している。
エプスタイン氏は、「大丈夫だ。もっとブラック経由で送ってあげるよ」と返信し、伊藤氏も「ありがとう!」と応じている。
ところが3月4日になると、エプスタイン氏は次のような弱音を吐くようになる。
「マスコミの報道が酷すぎる。俺が諸悪の根源みたいな扱いだ。金持ちで、男性で、トランプみたいなタイプは標的になるのさ。少なくとも今はね。君は元気でやれよ」
伊藤氏は、「僕は大丈夫だ。幸運を祈る」と返している。
そうした中でも捜査は進み、いよいよエプスタイン氏の逮捕が避けられない情勢になってきた5月に2人は、メールに続いてテキストメッセージで次のような通信を交わしている。
伊藤「君は有能な人にサイバーセキュリティを管理してもらってる? 僕は君のメールがいつも心配なんだ」
エプスタイン「うん(管理はしてるけど)、政府レベルじゃないがな」
この後、伊藤氏は当時ビデオ通話の標準であったスカイプで2人のみで会話することを提案し、エプスタイン氏と日時を設定している。メールでは話せない内容であったのだろう。
その会話において、いかに2人の通信内容を捜査から守るかが話し合われた可能性があるが、実際のところはわからない。
確かなのは、伊藤氏が守ろうとしたエプスタイン氏との通信内容はほぼすべてエプスタイン文書で公開されてしまったことだ。
伊藤穣一氏は説明責任を果たすべき
エプスタイン文書で伊藤氏がエプスタイン氏のために行ってきた活動がより詳細に明らかになったことで、一部メディアは千葉工業大学の学長としての伊藤氏に説明責任を求めている。
しかし、千葉工業大学はITmedia NEWSの取材に対して、「2023年の学長就任時にMITの件の第三者調査報告書を含め、入念なバックグラウンドチェックを行った。問題はないと考えている」と回答するのみであった。だが、その第三者調査報告書はエプスタイン氏の有罪認定後のMITによるエプスタイン氏からの寄付受領の大半が大学上層部の黙認の下で伊藤氏によって行われたと認定している。もし千葉工業大学が主張するように「問題がない」のなら、なぜ伊藤氏は2019年9月にメディアラボ所長を辞任したのだろうか。
繰り返しになるが、現時点で伊藤氏がエプスタイン氏の性犯罪に加担した証拠はない。経緯や状況から見てその可能性は低いと考えられる。
だが筆者は、伊藤氏が組織の長としての危機管理に失敗しているのではないかと懸念している。なぜなら、メディアラボ時代を含めて「隠す」「逃げる」が伊藤氏の一貫した対応のパターンであるように見えるからだ。
メディアラボのモットーのひとつは「安全よりもリスク(Risk over safety)」であるが、伊藤氏がリスクを取ってエプスタイン氏と交友して支払った代償は、余りにも大きかった。今も彼の亡霊に苦しめられ、さらなる説明を求められているからである。
危機管理では「クライシスは必ず起こる」ことを前提として、①危機を予見して組織内や関係機関で共有しておき、②危機が起きた際には事態がそれ以上悪化しないよう迅速・的確・十分に対応と謝罪を行い、③ステークホルダーや組織が受ける二次的被害を回避し、④起きてしまったダメージの復旧を速やかに図り、⑤再発を防止することだとされる。
危機管理は正確・明快・誠実でなければ機能しないのだが、隠したり逃げたりするほどネットで掘られてしまうのが、テックが生み出した世界の現実である。
ここまで事態が悪化した以上、「決定的な証拠(smoking gun)がない」ことは、説明責任を果たさないことを正当化しない。
伊藤氏自身が記者会見を開き、疑問に丁寧に答えることが必要ではないだろうか。


