施設規模のジレンマ

新治村の人口が少なくても、商店主らがショッピングセンターをつくったのは、近隣の土浦市やつくば市、石岡市からの来店を期待していたからだ。しかし遠方から集客するには、約40店舗の規模では足りなかった。

ちょうどさん・あぴおがオープンした1993年前後から、各地で郊外大型ショッピングセンターの開発が盛んになった。その勢いは2000年以降さらに加速し、さん・あぴおの近隣市では、2008年にイーアスつくば、2009年にイオンモール土浦、2013年にイオンモールつくばといった約150〜200店舗をそろえる大型競合店が次々にオープンしている。

遠方から人が来ないとなると、人口1万人の村において約40店舗のショッピングセンターは、かえって規模が過剰である。さん・あぴおは、地元の商圏だけでは成り立たず、かといって遠方から集客するには規模が小さすぎたのである。

つまり、さん・あぴおは「核店舗の撤退」「施設内外の動線の悪さ」「商圏人口の少なさ」「施設規模の不適合」により、廃墟さながらの状態となってしまったのだ。

「日本一のショッピングセンター」だったが…

施設が衰退したと考えられる理由のうち、「施設内外の動線の悪さ」は運営者の問題だといえるが、そのほかの理由は外的要因が大きい。単なる運営ミスによって現状のような結果を招いてしまったわけではないだろう。

さきほども紹介した通り、さん・あぴおは「村にできるものとしては日本最大級のショッピングセンター」としてオープンしている。1992年10月9日付の流通サービス新聞には「オラが村のショッピングセンター(SC)は日本一⁉」という見出しでさん・あぴおを報じている。

村を盛り上げるための大規模な施設として開業したが、さまざまな要因が重なった結果、入り口の半分が閉鎖され、施設内の半分以上が立ち入り禁止になり、屋上駐車場はすべて封鎖されたまま営業するショッピングセンターになってしまった。

そんな「日本一のショッピングセンター」は今日も営業している。

さん・あぴおにある閉鎖された「ゾウ入口」
筆者撮影
さん・あぴおにある閉鎖された「ゾウ入口」。ここから入ることはできないが、「薬局営業中」との文字が。写真左端には「ウエルシア」という文字があった形跡があるが、「ア」がなくなったままになっている
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