溺れているところに手を差し伸べてもらう
2017年、希死念慮が強まり、睡眠薬を処方してもらおうと初めて心療内科を受診し、「うつ病」と診断され、その後、ASDとADHDとも診断された。
その2年後、連絡していなかった上の姉の夫の他界の報に触れ、灰谷さんの精神状態は悪化した。
「私は自分のような“ごく潰し”が老親のお金を頼って生活している現実に、耐えられなくなりました」
だが、すぐに就労できるような状態ではない灰谷さんは、藁をもすがる気持ちで発達障害社支援センターの相談員に泣きながら相談すると、「生活保護」という選択肢の存在を教えてもらう。
その相談員の勧めに従い、自治体の障害福祉課の窓口へ。灰谷さんはそこでは奇跡的な言葉に出合うことになる。
「経済的な問題で悩んでいて、相談に乗ってほしいのですが」
と言い、発達障害支援センターで担当相談員にアドバイスされた内容を話した。すると、
「支援センターの方が言う通り、生活保護を受けるのも方法の一つだと思いますよ。一度、保護課で話だけでも聞いてみますか?」
と言われ、話を聞くことに。
間もなく保護課の担当者が現れると、相談室に促される。
そこで灰谷さんはまた、自分の状況を説明。うつ病で失業したこと。主治医からまだ復帰は無理だと言われていること。それでも、いつまでも親を苦しめているのに耐えられないこと。そして発達障害のこと。
それを聞いた保護課の担当者は、灰谷さんに配慮して、紙に書きながら話をし始めた。
「発達障害のある人は、口頭での会話に難があることが多く、聴覚情報の処理がうまくできないタイプだったり、ワーキングメモリが少なく、ついさっきまで何を話していたかさえ忘れてしまったりすることもあります。そのため、支援センターでも紙に書いて情報を整理しながらコミュニケーションを取るということが通例になっているのですが、区役所で同じ配慮をしてもらえるとは思いませんでした。『そういう特性を持つ人間がいる』と理解してくれていることが何よりもありがたかったです」
保護課の担当者は、
「親御さんには、こんなふうに伝えたらどうですか? 『自立するために生活保護を利用しようと思うので、仕送りはもう大丈夫です』と。親御さんも、ただ援助を断るだけだと心配するでしょうが、自立するためと言えば、わかってくれるんじゃないかと思うんですよ」
そう言って、『』内の言葉も紙に書いて渡してくれた。
「生活保護と言えば、家族の扶養を強要されて、水際で断られることが多いとばかり聞くのに、その担当者さんは、あくまで『私が病気を治せる状況になること』を一緒に考えてくれました。それは私にとっては、溺れているところに手を差し伸べてもらったようなものでした」

