「正しく生きる」には弱すぎる

その会社の同僚から、「うつだと思うから、病院に行ったほうがいいよ」と職場近くの心療内科を紹介されたが、電話をかけてみると予約が取れるのは1カ月先。灰谷さんは門前払いされたような気持ちになり、会社を休みがちになった。

そしてとうとう退職してしまうと、「早く再就職しなければ」と頭では考えながらも、体が動かずにいた。

当時は、上の姉や両親と連絡をとっていたが、だんだん働けないことが後ろめたくなり、着信があっても無視するようになっていく。

そこから灰谷さんは、セルフネグレクトのような状態になった。1カ月以上入浴や洗髪をせず、換気扇があるユニットバスに閉じこもって喫煙ばかり。洗面台は吸い殻で埋まり、壁や天井は煙草のヤニだらけ。ユニットバスの中も外も、床じゅうにゴミが何層にも堆積していった。

喫煙中の中年女性の手元
写真=iStock.com/Gabrijelagal
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部屋の電球が切れても、電気がつくユニットバスにいるか、真っ暗な部屋でスマホを見て自殺について調べながら涙を流しているかのどちらか。明るい時間は「誰かに会うかも」「人に見られるかも」と不安で外に出られなくなった。昼夜逆転し、カーテンも開けず、深夜のコンビニに煙草と食べ物を買いに行く他はまったく外に出なかった。

そんな中で灰谷さんは、上の姉にメールを送った。

「親にも迷惑をかけていてすみません。私は臆病者で、自分で死ぬこともままならないのですが、死ねる機会が来たら迷わずに死のうと思います。その時は、私の家にあるものは全て業者に任せて処分してください。葬式も要りません、誰も呼ばないでください」

上の姉は大学進学を機に上京し、そのまま関東で働いていたため、専門学校進学のために上京した灰谷さんを、よくご飯やドライブに誘ってくれた。

やがて上の姉は結婚し、出産。灰谷さんは、初めての姪の誕生を心から喜んだ。

それからしばらくして、上の姉は夫と娘とともに故郷に戻り、実家の敷地内に家を建てて暮らし始めていた。

上の姉からの返信は、24時間経ってもなかった。しかし48時間ほど経った頃、返信が届く。

「そんなこと言われてどうしろって言うの? 助けてほしいならそう言いなよ」

灰谷さんは、絶望した。

「姉は相変わらず正しかったと思いました。確かに、今思えば私が送ったのは泣き言です。相手の良心を試すような、卑怯な言葉だったのかもしれません。けれど、死にたくても死ねなくて苦しいのも、嘘ではありませんでした。何ひとつわかってもらえないんだと思い、それ以上返事はしませんでした」

それからも2カ月に1度くらいの頻度で、上の姉からメールが届いたが、灰谷さんは無視し続けた。

しかし、実家で飼っていた老猫が死んだという報せが届いた時、灰谷さんは打ちのめされる思いがした。

「姉からは、『大往生だよ。かっこよかったよ』とありました。与えられた命を生ききるのは立派で、自分で命を絶つとか、死のうと考えるのは『かっこ悪いこと』『みっともないこと』だと姉は伝えたかったんでしょう。姉が言うことはやはり正しい。でも私は、身の周りの掃除さえできない、食事もできない、死にたいと思いたくなくても死にたいと思ってしまう。『正しく生きる』には私は弱すぎて、姉の正論や叱咤激励が、プレッシャーにしかならなかったのです」

灰谷さんが無視をし続けていると、上の姉からのメールは来なくなった。