一人ひとりが自己表現できる世界をつくる
新版画は、1人の絵師が、彫りから摺りまで細かく指示をしながら、すべての工程に関わって「自己表現」をする。絵師の創作意図が最後まできちんと伝わる工程になっている。
誰もが、その絵師のように、自分の作りたいものを思い描き、形作り、実現する。誰もが、自己表現できる世界をつくる。それこそが、ジョブズが思い描いた理想だった。新版画は、マッキントッシュの理念そのものだったのだ!
1人の絵師がすべての工程に関わって自分の表現を目指す。コンピューターで革命を起こそうとしたジョブズは、新版画の「自己表現」に深く共感し、マッキントッシュのコンセプトを重ね合わせていた。スカリーさんが続けた。
「スティーブは、日本の文化や芸術から、マッキントッシュと呼ばれることになるエレクトロニクスの新製品へと、簡単に行き来することができたんです。マッキントッシュのデビューは、まだ1年も先のことだったんですよ」
1984年1月、会社の命運を賭けたマッキントッシュのデビューで、スクリーンに浴衣姿の女性が映し出されたのは、必然だったのだ。ジョブズが兜屋画廊で「髪梳ける女」を購入したのは、その半年前だった。彼にとって「髪梳ける女」は、自己表現を象徴する作品だったのだ。
ジョブズは、日本から学んだすべてをマッキントッシュに注ぎ込んだ。
この瞬間、ヒトからカリスマへ
1984年1月24日の発表会は、ジョブズにとって、とてつもなく大きな意味を持っていた。スカリーさんが興味深い話をしてくれた。
「スティーブはステージの裏で、葉っぱのように震えていました。とても緊張していて、私に向かって『ステージに出られないよ』と言っていました。私は、『スティーブ、深呼吸をするんだ』と声をかけました。彼は深呼吸をして大げさに息を吐くと、すぐにステージに出て行ったんです。私はハラハラして見ていました。しかし、ステージに立つと彼はまったくの別人でした。自信満々で完璧にこなし始めたんです」
ジョブズがヒトからカリスマになった瞬間を、スカリーさんは間近で目撃していた。それは、ジョブズの完璧主義がなせる技だった。彼はプレゼンテーションのリハーサルのたびに「まだ完璧じゃない」と言っては何度も何度も繰り返し、終わったのは当日の午前2時だった。

