なぜジョブズは新版画に魅入られたのか
続けてスカリーさんが話したジョブズの言葉が、僕には衝撃だった。
「スティーブが話したことで印象的だったのは、版画についてでした。新版画というものが、それまでの木版画とはコンセプトがまったく異なっているという点に強くひかれていました。
それまでの木版画は、まず絵師が下絵を描く。続いて、彫り師が絵のイメージをもとに板を彫る。3番目に摺り師が木版を使って、実際に作品を摺り上げる。それは共同制作ではあるけれど、1人がすべてをやるわけではないのです。
彼が新版画で気に入ったのは、その3つの役割を1人ですべて担っていることでした。彼が賞賛したのは、それこそまさにマッキントッシュのビジョンだったからです。つまり、自分でコンセプトを考え、実際に作品をつくり、プリントアウト(印刷)までできるという一貫したプロセスです。
スクリーンに作成したものを、別の場所にいる人に持って行ってプリントアウトする必要もないのです。ちょっとしたスケッチから始めて、コンピューターのスクリーンに描き、プリンターで印刷できるということなのです。スティーブは、1人の人間が版画の完成に至るまで自己表現できるというアイデアを気に入っていたのです」
そのうえで、スカリーさんはジョブズが発した言葉を口にした。
「日本の版画は職人たちの分業で作られると思っていたんだ。でも、新版画は、絵師が彫り師や摺り師を通じて自己表現したものだったんだ。これこそまさに、マッキントッシュの技術で僕たちがやろうとしていることなんだ!」
「シンプルさ」だけではなかった
そういうことだったのか! スカリーさんの答えに思わずうなった。
言葉の一つひとつが、僕の胸にストーンと落ちた。
ジョブズと新版画との結び付きを解き明かす、もっとも腑に落ちる言葉だった。
この言葉を聞くために、僕はずっと取材を続けてきたんだ!
ジョブズと日本文化との結び付きを解き明かすため、彼のカギカッコと一次情報を取材しようと、彼と接触した人を探し出しては直接話を聞き出し、太平洋を越えてスカリーさんにたどり着くまで、8年。まさにいま、その取材のすべてが報われようとする思いだった。
僕はこれまでの取材で、ジョブズが新版画に感じた魅力は「シンプルさ」にあるのではないかと考えていた。親友ビル・フェルナンデスの母親がしつらえた和風のリビングに飾られていた新版画がジョブズの美意識の原点となり、その後、禅に通じる素地になったのではないかと考えていた。
しかし、それだけではなかったのだ。

