朝廷を巻き込んでの壮大なインチキ
天皇なり朝廷なりという政治権力を得て、家康が頭を下げやすいような条件を整える。このあたりが政治家・豊臣秀吉の真骨頂と言えます。
これは実に面白いところですが、朝廷というのは先例をうるさく言うところで、「今まではああだった、こうだった」というルールがガチガチに重んじられていました。
だから秀吉が例えば、一足飛びに関白になることを朝廷としてはなかなか受け入れがたい。「関白になるためには、こういう手順を踏んでくれないと困ります。最低でも、この官職とこの官職についてから関白になって下さい」と朝廷は言います。
すると、なんと秀吉は、「自分は1年前にすでにそういうしかるべき官職を得ていた」というインチキを公然とやる。自分は1年前にこれこれの官職を得ていたから、次の官職はこれ、次の官職はこれ、と短時間でかけ昇り、「だから次は関白です」といちおうの理屈をつけてまんまと関白になる。
自分は関白になったから、官位が下の家康は自分に頭を下げるように、という形式をつくって、家康を家臣の中に組み込むことに成功しているわけです。
秀吉という人は、戦争を経済に変え、戦争を土木工事に変え、戦争を運動に変え、戦争を政治に変える、非常にアイデアマンであると言えるのではないかということになります。


