ほとんど介在しない科学的分析

現在、山崎蒸溜所には、約10人のブレンダーがいる。原酒のテイスティングはブレンダー室で行われるが、チームにとってそこは、輿石さんから学ぶ場でもある。

「原酒の『仕分け』をここでやります。使える原酒か、そうではないか。どこまで熟成させるべきか。私もこれまで、先輩たちから学んできました。ただし、数値化して伝えられないところが、ブレンダー業の難しいところで」

だから、チームのみんなで議論をするという。試し、話して、共有する。しかも驚くべきことに、そこに科学的分析はほとんど介在しない。数字では測れない世界。「ウイスキーを飲むのは、人ですから」と、輿石さん。「分析器は、アルコール度数を測る機器くらい。あとは、感覚です。どうすれば、もっとおいしくなるかを、チームで詰めていきます」

ここに、職人の世界と組織の世界が同居する。“孤高の職人”では、ブランドを守れない。チームで舌をそろえる。それが、サントリーの流儀だ。

ブレンダー室のバーコーナーには世界中のウイスキーが並ぶ。クラシックのBGMが流れる仕事場だ
撮影=プレジデントオンライン編集部
ブレンダー室のバーコーナーには世界中のウイスキーが並ぶ。クラシックのBGMが流れる仕事場だ

戦前から「角」に受け継がれるもの

今では、貯蔵庫の環境や樽の個性などから「かなりの数の原酒を把握できている」と、輿石さん。あれは今、こんな状態だろう、来年はこうなるだろうという地図が頭の中にあるらしい。

原酒が樽の中で熟成されていく蒸溜所内の貯蔵庫
撮影=プレジデントオンライン編集部
原酒が樽の中で熟成されていく蒸溜所内の貯蔵庫

「だからテイスティングで、『おや?』と感じたら、貯蔵庫の樽を実際に見にいくこともあります」

樽の異変が、味からわかる。とてつもないテイスティングの力だが、これは創業者で初代マスターブレンダーだった鳥井信治郎氏以降、「100年以上にわたって引き継がれてきたものではないか」と、輿石さんは言う。

「日本人に合う、繊細な味わいのウイスキーをつくりたい。そんな思いから創業者は国産ウイスキーに挑んでいったわけですが、忘れられない出来事がありました」

1940年に発売された「サントリーウイスキー 角瓶」を試す機会があったという。「まさしく“角”だ……」と驚かされた。原酒はもちろん違う。だが、背骨と輪郭が同じだった。日本人の味。時代を超えた源流がそこにあった。

「口に含んだ瞬間にふわっと立ち上がるバニラ香、そして飲み口のキレ。戦前当時の原酒を使って、日本人に合う味を実現させていたんです。この繊細さが、何代にもわたってしっかりと引き継がれてきたんだと、改めて実感しました」