50分で「高級外車1台分」が消える世界
富裕層が本気を出すと、金額は桁違いに跳ね上がる。
フロリダやカリフォルニアでは、実際のジェット戦闘機「L-39アルバトロス」の後席に搭乗できるプログラムが存在する。チェコスロバキア時代に開発されたこの練習機は、世界30カ国以上の空軍で使用された本物の軍用機だ。最高時速750キロ、急旋回時には4G以上の重力加速度がかかる。
前述の「エクストラ330」が、最高時速354キロであることを見れば、そのすさまじさがわかる。
料金体系は明確だ。30分のフライトで約75万円(4950ドル)、45分で約100万円(6400ドル)、1時間で約115万円(7750ドル)。これだけでも十分に高額だが、真の富裕層はここで満足しない。
敵機役として追加の機体をチャーターし、フォーメーション飛行を組む。自分が「マーヴェリック」なら、相手は「ハングマン」だ。プロの撮影クルーを手配し、チェイス機から自らの雄姿を収めさせる。プライベートジェットで現地入りし、専用ハンガーでVIP対応を受ける。
オプションを積み上げていけば、50分に満たないフライトで800万円を超える金額が消えることも珍しくない。ポルシェ911の新車が、文字通り「煙と消える」のである。
さらに上を目指す者もいる。
かつてロシアで提供されていたMiG-29の成層圏フライト体験は、50分で約280万円(1万7500ユーロ)。音速を超え、高度2万メートルを超える「宇宙の入り口」まで上昇するこのプログラムは、まさに「大人の遊び」の極北だった(現在はウクライナ情勢により休止中)。
冒険旅行を専門とする米国の「インクレディブル・アドベンチャーズ」社によれば、同社が手掛ける体験の価格帯は「325ドルから100万ドル以上」。戦闘機体験やゼロG(無重力)フライト、潜水艦探検などを組み合わせたフルカスタムの冒険パッケージでは、1億円を超える案件も存在するという。
「死と隣り合わせの生の実感」という最高級品
彼らは、なぜわずか1時間足らずに高級外車が買えるほどの金額を投じるのか。
答えは単純だ。「もはや普通の遊びではドーパミンが出ない」のである。
ビジネスの世界で修羅場をくぐり抜けてきた彼らにとって、テーマパークのアトラクションはあまりにも刺激が足りない。絶叫マシンの落下で叫んだところで、会議室で経験するプレッシャーの足元にも及ばない。遊園地は「安全」を前提に設計されている。レールの上を決められた通りに動く乗り物では、どれほど速くても、どれほど高くても、本質的に「受動的」な体験でしかない。
しかし彼らが求めているのは、コントロールされた「能動的な危険」の感覚なのだ。
L-39のコックピットで急旋回を決めれば、内臓が押しつぶされるような4Gの重力加速度が襲いかかる。視界の端からグレーアウトが始まり、意識の淵をさまよう瞬間がある。それは、エルメスのバーキンを買っても、フェラーリに乗っても、ミシュラン三つ星で食事をしても、絶対に味わえない感覚だ。
「死と隣り合わせの生の実感」――これこそが、彼らにとっての最高のアドレナリンなのである。
本物のリスク、本物の重力、本物のスピード。フィクションの世界観を借りながらも、体験する負荷は「リアル」であること。これが現代の富裕層を熱狂させる条件だ。
映画『トップガン マーヴェリック』でトム・クルーズが見せた「まだ現役だ」という気概――それを自らの肉体で証明したいのである。


