右派市民を4タイプに分けてみる
繰り返しますが、とくに人間を対象とする分野においては、定義もその具体的な基準も、人々の合意にもとづく仮のものにすぎません。ですから、その定義と基準に目立った不具合がなく、多くの人が納得するのであれば、それは適切なものとして認められます。本書はそうした立場から、右派市民の基準を次のように考えます。
本書において、右派市民とは国や伝統をことさらに重視する人のことを指しますが、以下の“定義の一部を強く満たしていれば、右派市民とみなす”ことにします。実際、私はこれまでの経験からそのようにみてきましたし、多くの人もまたこれに合意するだろうという前提に立っています。
本書の定義を簡略化して示します。
② 国を重視するとは、過去の「日本」に対する強い愛着を意味する。
③ 伝統を重視するとは、特定の伝統的規範(家族・性愛)に対する強い愛着を意味する。
④ 国や伝統を軽視するようにみえる人たちへの強い反発も特徴である。
この一部を強く満たしている人を、本書では右派市民と呼びます。具体的には次のように4タイプの右派市民を想定します。
II 伝統(家族・性愛規範)を愛しすぎている人=伝統主義者(③に対応)
III “敵国”(中国・韓国)を嫌いすぎている人=排外主義者(④に対応)
IV “政敵”(左派・リベラル)を嫌いすぎている人=反左主義者(④に対応)
愛憎をより喚起させるものによる基準
おそらく多くの方が、雑なネーミングだなあと思ったのではないかと想像します。私もそう思います。しかし、定義とそれにもとづく基準・名称はなるべくシンプルでなければいけません。そうしないと、多くの人が理解しにくいものとなってしまうからです。
本書は学術書ではなく、一般向けを強く意識しているので、正確さや厳密さを重視して、せっかくの重要な知見を共有できなくなるほうがマイナスです。あくまでも右派市民の4つのタイプを大まかに表すネーミングとお考えください。
排外主義者というのは中国・韓国以外の外国人にも否定的な人を指すのではないか、とか、反左主義者というのはリベラル嫌いを含むならば適切な名称とはいえないのではないか、とか、もちろんそのとおりです。あくまでも、本書でこれから解説することを理解していただくための便宜的なネーミングです。その点は十分ご注意ください。
ネーミングの問題はともかくとして、“なぜこの4つなのか”、という疑問もあるかと思います。私としては、“より強い愛着もしくは憎悪の感情を喚起するもの”を選んだつもりです。
もちろん、この分類以外はありえないと考えているわけではありません。しかし、右派市民の主要なタイプは押さえられているのではないかと考えています(*7)。
*1 永吉希久子「ネット右翼とは誰か ネット右翼の規定要因」(『ネット右翼とは何か』所収)に示されている定義です。この定義は、社会学者の辻大介が提案したものです。
*2 三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』文春新書、2021年
*3 鈴木、93〜105ページ
*4 鈴木、105ページ
*5 鈴木、108ページ
*6 鈴木、第二章
*7 右派系オピニオン誌の広告に注目した能川元一・早川タダノリ『憎悪の広告 右派系オピニオン誌「愛国」「嫌中・嫌韓」の系譜』(合同出版、2015年)という本が出ています。その目次に目を通すと、やはり要素としては同様のものが抽出されています。なお、右派市民にもう一つタイプを付け加えるとすれば、「再軍備ナショナリスト」があるでしょう。これは憲法9条の改正と軍事力強化をとくに重視する自称「現実主義的」な右派です。このタイプは本書の27ページで少しふれたように愛国主義者との重複が大きいのですが、“歴史を重視しないタカ派”も一定数存在します。くわえて、政治学者の研究ではこの争点こそが、日本において左右のイデオロギー的立場を識別するのにもっとも有効であることが示されています(谷口将紀『現代日本の代表制民主政治 有権者と政治家』東京大学出版会、2020年、第3章など)。そのため本書でも含めるかどうか迷ったのですが、第1章で示した右派の定義に明確に関連づけられるかどうかを重視しようと考え、除外しました。この点については、谷口をはじめとする政治学者らの研究を参照してください。



