ビスランドとセツの間にあった“協力と相互理解”

1895年以降、八雲とビスランドの関係は、ようやく対等な知的友情へと昇華した。執着と嫉妬に苦しんだ「17人の異なった婦人」は、知性と多才さへの純粋な讃辞である“Lady of a Myriad Souls”へと変わったのだ。

この変化を可能にしたのは、セツとその家族が八雲に与えた「居場所」だった。だからこそ、八雲の死後も、セツとビスランドは家族ぐるみで親しくできたのだ。

NHK「ばけばけ」のイライザ(『キャンディ・キャンディ』世代には悪役の名前の代表格なのはわざとか?)は、ヘブンを巡る三角関係の火種として描かれている。しかし史実は違う。エリザベス・ビスランドと小泉セツは共に八雲に対する愛で溢れていたからこそ信頼し合えたのである。

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