セツとの結婚後もつづいた、ビスランドへの執着

この時、八雲は既に松江でセツと所帯を持ち、熊本に移っていた。セツの家族も一緒である。結婚から1年が経過している。なのに、ビスランドへの思いは整理されるどころか、ますます拗れている。この手紙ではビスランドに対する思いが延々と続き、ついにはこんなことを書き綴っている。

ウェットモア氏は明らかに自身の幸運を喜ぶべき訳があると思います。いつかエリザベス(注:ビスランドのこと)に対して飽きが来るのは人間としてやむを得ぬことだと思います。(中略)もしウェットモア氏がただ一人のエリザベスに対して飽きるならば忽然として第二のエリザベスがそこに出現します。

これは明らかに、ヘンドリックに宛てた、八雲の嫉妬と自慢が入り混じった告白である。

「エリザベス・ビスランドの真の魅力は、お前にはわからないだろう」という優越感。「ウェットモア、お前は幸運だが、その価値を本当に理解しているのか?」という嫉妬。そして何より、「彼女は無限に変化する、飽きることなどありえない」という、自分だけが知っていると信じる彼女への賛美。

セツと結婚して1年。熊本でセツの家族とともに暮らし、父親にもなった八雲が、遠く離れたアメリカの、すでに他の男の妻となった女性について、ここまで延々と書き綴っている。しかも相手は、セツでもビスランドでもなく、第三者の男友達である。これは、ビスランドへの思いが「昇華」されるどころか、むしろ危険な執着へと深化していたのだ。

ラフカディオ・ハーン(1889年)
ラフカディオ・ハーン(1889年)(写真=Frederick Gutekunst/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

手紙には「八雲のグチャグチャな心境」がつづられていた

さすがに“こんなことを書いている自分がどうかしてる”と八雲本人も思っていたのか、手紙の後半にはこんな記述もあった。ヘンドリックに「私はなんという無体なことを弄したことでありましょう。ただしそれは貴殿がこの非礼を受けながらもこれを読むことがおできになるからであります」と詫びの一文を入れている。

ヘンドリックは、八雲がニューヨークで出会った親友だ。少しでも違和感があればすぐに交際を断ってしまう八雲が、晩年まで手紙を送り続けた数少ない友人である。ゆえに、彼に宛てた手紙には、八雲がまとまらないグチャグチャな心境を書き殴ったようなものも多い。

結果、ビスランドの結婚を聞いて踊っただとか、授業では例文の名前にビスランドを使っているとか送りつけられたわけだ。この手紙を受け取った時のヘンドリックの気持ちはいかほどのものだったろう。(参考:《「ばけばけ」セツと結婚→1年で失踪したはずが…朝ドラでは描かれない「最初の夫」の意外な“その後”》、《11歳年下の女性にゾッコン…「ばけばけ」で描かれない、小泉八雲が来日直前に書いていた“ラブレター”の中身》)

おそらく、ヘンドリックは溜息をついたに違いない。

「ラフカディオ、お前、結婚してるんだろう? しかも日本で家族と暮らしてるんだろう? なのになぜ、ニューヨークにいる他人の奥さんについて、こんなに何ページも……」。

親友だからこそ、返事に困る。説教するわけにもいかない。かといって同調するのも気が引ける。単なる友人ならば「またまた、拗らせてるなあ」程度で終わるだろう。

でも、ビスランドへの執着がどうしても捨てきれない心情が理解できるからこそ、遙か海の向こうの日本の友人の嘆きを共有したであろう。そして、ヘンドリックが出来ることは心の中で、「頼むから、早くこの女性のことを忘れてくれ」と祈ったことだろう。