NHKの朝ドラ「ばけばけ」は小泉八雲と妻のセツがモデルだ。八雲は、なぜ遠く離れた日本にやってきたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、来日前の八雲の行動を史料などから読み解く――。
小泉八雲の肖像
小泉八雲の肖像(写真=Frederick Gutekunst/旧シンシナティ公共図書館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

来日のきっかけは“11歳年下の後輩女性”

朝ドラ「ばけばけ」の第4週では、トキ(髙石あかり)が東京に向かい、銀二郎(寛一郎)との別れが描かれた。怪談好きで趣味も合っていたのだが、最初の結婚は失敗に終わってしまったようだ。10月27日からの第5週では、久しぶりに小泉八雲がモデルとされるヘブン(トミー・バストウ)が登場する。

なぜ八雲は遠く離れた日本にやってきたのか。実は、その来日には一人の女性の存在があった。

その女性の名はエリザベス・ビスランド。1861年生まれで八雲より11歳年下だ。詩を書き、文芸を愛する文学少女だったビスランドは、ハーンが新聞に掲載した短編小説『死者の愛』に感動し、ハーンを慕って彼が文芸部長を務める新聞社、タイムズ・デモクラットに入社する。

そんな二人の関係は対等ではなかった。ビスランドは1887年頃ニューヨークに移り、雑誌『コスモポリタン』の編集者になり、その一方で『アトランティック』や『ノースアメリカン・レビュー』といった雑誌に寄稿、文壇の花形になっていた。

対する八雲は、無名のままうだつがあがらない人物であった。ノンフィクション作家の工藤美代子は「当時のビスランドにとって、ハーンはたくさんいる崇拝者の一人にすぎなかった」と記している。(「ビスランドとハーン 76日間世界一周の女性との交流」『ユリイカ』1995年4月号)

八雲は後輩にベタ惚れしていた

崇拝とはいうが、八雲は11歳年下の後輩にベタ惚れしていた。友人に宛てた手紙では、こんなことを書き記している。

(注:ビスランドは)背が高くて色白で、大きな黒い瞳と黒い髪の持ち主です。ある人たちは彼女を美しいといい、他の人たちは可愛いといいます。私はそのどちらかだとも思いませんが、しかし、彼女は間違いなく肉体的にも知的にも魅力があります。(「ビスランドとハーン 76日間世界一周の女性との交流」『ユリイカ』1995年4月号)

これだけ熱を込めて書いていながら、八雲は結局、ビスランドに気持ちを伝えることはなかった。16歳の時の事故で失明した左目へのコンプレックス、そして何より、自分より成功している年下の美女に告白する勇気など、持てるはずもなかったのだろう。

しかし、告白こそしなかったものの、八雲はビスランドに夥しい数の手紙を書き続けた。ハーンは生涯を通じてビスランドに夥しい数の書簡を書いており、中にはラブレターといえるようなものもある。

売れてはいないが文才に溢れた八雲だけに、さまざまな言葉を駆使しているわけだが、どうやってもラブを隠しきれていない。