人生を謳歌していた江戸時代の庶民は、かなりのミニマリスト。当然のようにリユースやリサイクルも行っていた。先人たちに倣って、シンプルな暮らしを始めるにはどうすればいいのか――。

なにより重要なのは「人と自分を比べない」

毎朝、畑が広がる郊外の風景を眺めながら通勤電車に揺られる生活を、約40年間続けました。仕事は楽しかったものの、成長することを強いられる現代生活に窮屈さを感じていた55歳のとき、川沿いの畑で作業をしている農家の人を電車の窓から見かけました。もともと歴史好きだった私は、ここで同じように畑を耕していた江戸時代の庶民たちのことをぼんやり考えるうち、当時の人々の楽しみとは何だったんだろう、とふと思ったのです。

興味を持ったのは、江戸という都市に住む庶民ではなく、江戸という時代を生きた庶民のこと。図書館に通うなどして、千葉県の農家で江戸時代、三代にわたって書かれた日記を見つけたり、民俗学者の聞き取り調査などの文献を紐解くうち、成長よりも安定を選んだ江戸時代の庶民の暮らしに、どんどんひかれていきました。定年後の自分の生き方のヒントにもなるのでは、という思いも感じたのです。

そうしてわかった当時の庶民の暮らしをざっと紹介していきましょう。農村の人たちは、自然の許す範囲でのみ生きていました。できるだけモノを買わず、持っているものを使い回す真のミニマリストです。今で言うリサイクルやリユースも普通。さらに手作りするものの材料には、身近にある天然素材を使い、お財布にも環境にもいいモノを使うことが一般的でした。

例えば江戸時代の服は、糸から作る人もいたくらいの真の手作り。家も近くの山から切り出した木材を使い、ほぼ手作りで建てるのが一般的でした。また漁業で生計を立てている家でも、野菜は家の畑で手作りし、田んぼがないと作ることができない米だけは、魚と物々交換するなどして手に入れていたそうです。

一方、買うものはごくわずかです。保存食を作るための塩、農耕具などに使われる鉄製品、薬など、自分で作れないものはしぶしぶ購入しました。物欲が生まれ、金に固執するのは、ずっとあとのことになります。

そんな環境にいた江戸時代の人たちは、日々の楽しみを、貴重なお金を使うことでしか手に入らないモノに求めたりはしませんでした。それより大事にしたのは、お金で買えない人とのつながり。人と自分とを比べたり、人を蹴落とすような欲も生まれにくかったようです。

江戸時代の庶民を見習って豊かな生活を送るとしたら、まず、この「人と自分を比べない」ことが重要になります。なぜ私はあの人のようなマイホームを持てないのかなど、現代には人と比べて苦しい思いをするタネがたくさん転がっています。

その多くが、物欲や承認欲求、そして出世欲など、江戸時代の村にはなかった欲望に起因しています。江戸時代に倣ならって比べるクセだけでも捨てることができれば、ストレスフリーの日々を手に入れられる人も多いはずです。

ちなみにもうひとつ、江戸時代の人々を見習ってほしいものがあります。それは長生きに執着しないということです。江戸時代の平均寿命は30代といわれています(これは乳幼児の死亡が多かったからで、成人に達した人の多くはそれよりも長く生きていました)。死は日常にあり、それを恐れている余裕はありませんでした。それより現世を精いっぱい生きることに力を注いだのです。

私は前職で、病院や再生医療施設のクリーンルームなど、いわば寿命を延ばすための最先端の施設を造る仕事をしていました。そうした施設で細胞を注入するなど大がかりな処置をほどこして、命を長らえる人は珍しくありません。ただし、すでに60余年の人生を過ごし、江戸時代の人々の死生観を知った私は、長寿のためのパワーを、生きるために費やそうと考えるようになりました。

(構成=福光 恵)