「介護殺人」という“最悪の悲劇”は他人事ではない
2024年7月に東京・国立市で起きた殺人事件。102歳の母親の首を絞めて殺害したのは、71歳の長女だった。おむつで用を足すことを拒む認知症の母が、10分おきにトイレ介助を求める日々。12年間ひとりで介護を担い、かなり前から限界だったと推測できる。母親は介護施設に入居予定だったという、なんともやりきれない事件だった。法廷では次女が長女の疲弊を証言していたことも印象深い。
介護疲れで精神的にも肉体的にも経済的にも限界を迎えた子が親を殺してしまう……この手の悲劇は後を絶たないが、これを自分事としてとらえられる人はどれくらいいるだろうか。実際に老いた親の介護(特に認知症の親を在宅介護)を経験した人は、被告に思いを馳せてしまうのではないか。「あれはいつかの自分だ」と。
私事だが、12年前から父がぼけ始めて、認知症の親と向き合ってきた。特別養護老人ホームに7年間入居、成年後見人になって実家の経済状況も把握・管理してきた。6年前には母が入退院を繰り返した後、徐々にぼけ始めた。
今年に入ってからは看取りを覚悟して父の在宅介護を開始。実家に住む姉が主介護者となり、自分は週2~3日で通いの介護生活に突入した。看取るつもりが体重も増え、寝たきりだが健康になってきた父。家事が一切できなくなり、1分前の行動を忘れて執拗な確認行動を繰り返す母。そんなW介護を姉妹で担うことに。姉が、この事件のニュースを無言で観ていたのだが、背中は「他人事じゃねえ……」と呟いていた。
高齢の親の入院は要注意
親がまだ元気な人は、この事件の背景に震撼はしても共感や自己投影には至らないだろう。むしろ「うちはまだ大丈夫」と根拠のない自信で、問題を先送りにしているのでは? 親の介護問題を見聞きしていても、対岸の火事状態。はたしてそれでいいのか。親が元気なうちにこそ、やっておいたほうがいいことはないのか?
老親介護の現場を数多く取材し、わかりやすくてためになる介護情報を発信している介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子さんにお話をうかがってみた。
「親の介護といっても本当に100人いれば100通りあって、親の状態も経済状況も家族構成もそれぞれ異なりますからね。ただ、認知症から始まるというよりは病気やケガで入院して、そこから急に介護が必要になるケースが多い印象があります」(太田さん)
長期入院で足腰が弱って寝たきりになったり、長期でなくても生活が一変したことがきっかけで認知機能が衰えたり、というのはよく聞く話である。

