かつてマクドナルドやペプシコーラというアメリカを代表する企業が商品開発で大失敗したことがある。経営コンサルタントの平野敦士カールさんは「記憶に残り、話題になる商品でも食べたい、買いたい、飲みたいというポジティブな感情・行動には至らなかったのには科学的な理由がある」という――。

※本稿は、平野 敦士カール監修『すぐに使えるビジネス教養 マーケティング』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。

白いコーラが売れない理由

大きな注目を集めながらも早々に姿を消した商品があります。それが、1990年代に登場した「透明なコーラ」です。味や品質には問題がなかったにもかかわらず、なぜ売れなかったのでしょうか?

KEYWORD→スキーマ

「新しさ」が理解されないという壁

1992年、ペプシ社が発売した「Crystal Pepsi(透明なコーラ)」は、当初大きな話題を集めたものの、わずか1年で市場から姿を消しました。

Crystal Pepsi
Crystal Pepsi(写真=Mike Mozart/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

この失敗の背景にあったのは、消費者にとって「革新が理解不能だった」という点です。

マーケティングでは、従来にない製品を「革新的新製品」と呼びますが、こうした商品は特徴や利点が伝わりづらく、費用対効果の判断が難しくなります。

透明なコーラも、「透明であること」が消費者にとってどんな意味を持つのかが明確に伝わらなかったため、戸惑いが先に立ちました。味は従来のコーラに近くても、「色のないコーラ」に価値を感じる根拠が見えづらかったのです。

【図表】「色のないコーラ」の価値はわかりづらい
出典=『すぐに使えるビジネス教養 マーケティング』(フォレスト出版)

結果的に、「これは誰のための商品なのか?」という基本的な問いに明確な答えがないまま、消費者の関心はすぐに離れていきました。新しさは、それが「なぜ必要か」まで説明されて初めて理解され、受け入れられるのです。

刺激とスキーマの「不一致」が混乱を生む

人は新しい情報を処理するとき、既存の知識や経験をベースに判断します。

この枠組みは「スキーマ」と呼ばれ、「コーラ=黒くて甘い炭酸飲料」という認識もその一つです。しかし透明なコーラは、このスキーマと根本的に食い違っており、認知的混乱を引き起こしてしまいます。

心理学ではこうした状況を「スキーマ不一致」といい、注意を引きやすい反面、受け入れにくさも生み出します。透明なコーラは、「見た目は水なのに味はコーラ」という感覚のねじれによって、多くの消費者に「何かおかしい」「なじめない」という印象を与えてしまいました。

その結果、脳はその刺激を処理するのをやめ、違和感の記憶だけが残ることになります。製品としては認知されたにもかかわらず、「買いたい」と思わせるポジティブな理解に結びつかなかったのです。これは、注目を集めたとしても、意味づけに失敗すれば商品は選ばれないという典型例だといえるでしょう。

記憶に残っても「買いたくならない」

広告や製品のデザインは、しばしば「目立つ」ことを狙って作られます。しかし、それがスキーマとあまりにもかけ離れていると、消費者の注意を引くことはできても購買には結びつきません。

【図表】「目立つ」=「売れる」ではない
出典=『すぐに使えるビジネス教養 マーケティング』(フォレスト出版)

透明なコーラもまさにそうした失敗の象徴でした。

奇抜な外見によって話題にはなったものの、「なぜその姿なのか」という必然性が伝わらなかったのです。人は、理解できないものには心理的に距離を取りがちであり、購買判断も保守的になります。

特に飲料のような日常的商品では、理解と安心が重視されるため、違和感のある商品は敬遠されがちです。透明なコーラは記憶には残りましたが、「買いたい」「飲んでみたい」というポジティブな感情には至らなかった。

見た目のインパクトだけでなく、「なぜこの形にしたのか」を納得させる設計がなければ、革新は受け入れられないのです。